不明だった分子メカニズムを、遺伝子スクリーニングで解明
東京大学は3月29日、軟骨細胞において強い負荷によって発現が変化する遺伝子をスクリーニングし、力学的負荷が変形性関節症を引き起こす分子メカニズムを新たに解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科外科学専攻整形外科学の張成虎大学院生(研究当時)、同大医学部附属病院整形外科・脊椎外科齋藤琢准教授、田中栄教授らのグループによるもの。研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に同日付で発表された。
画像はリリースより
変形性関節症(OA)は加齢とともに発症・進行する関節の変性疾患だが、進行を止める治療薬はいまだに存在しない上に、鎮痛剤による痛みのコントロールが十分でない患者も多い。肥満、重労働、関節の外傷など、過剰な力学的負荷が関節軟骨を変性させることは古くから知られていたものの、その分子メカニズムはわかっていなかった。
Gremlin-1阻害でOAの進行を抑制
今回研究グループは、細胞や組織に対して周期的に力学的負荷をかける装置を開発。マウスの関節軟骨細胞に強い力学的負荷をかけて、発現が大きく変化する遺伝子をマイクロアレイで探索した。探索を進める中で、研究グループは分泌タンパク質「Gremlin-1」に注目。Gremlin-1はBMPの作用を抑制する物質(アンタゴニスト)として知られ、四肢の発生に重要な役割を果たすことは報告されていたが、関節軟骨における作用は知られていなかった。
そこで、関節軟骨での発現を調べたところ、Gremlin-1は軟骨の変性とともに関節軟骨深層での発現が著しく増強することが判明した。また、培養軟骨細胞や培養軟骨組織にGremlin-1を加えたところ、添加量依存的な変性が見られた上に、軟骨基質分解酵素の発現増加と、軟骨基質自体の発現減少が確認された。このようなGremlin-1の軟骨に対する作用を生体レベルでも確認するため、遺伝子操作で骨格成長後のマウスにおいてGremlin-1を無効化したところ、OAの進行は有意に抑制され、Gremlin-1の中和抗体をマウスの膝関節内に注射した場合でも、OAの進行は同様に有意に抑制されたという。
Gremlin-1-NF-κBを中心としたシグナル経路が関与
さらに、培養細胞を用いた解析から、軟骨細胞にかかる力学的負荷がGremlin-1を誘導する経路として、メカノセンサーとしての役割が知られるRac1が活性化して活性酸素の産生増加を促し、それによってNF-κBが活性化されることによりGremlin-1の転写が誘導されることを解明した。また、産生され放出されたGremlin-1は、VEGF受容体に作用し、NF-κBを活性化することによって下流のOAの制御転写因子HIF-2αを誘導し、軟骨を変性に至らしめることも証明した。BMPは軟骨の基質産生を促し、関節に保護的に作用することが知られているが、Gremlin-1はBMPの基質産生作用を阻害することも明らかとなった。
今回の研究により、これまで謎に包まれていた、過剰な力学的負荷がOAを引き起こす仕組みの全体像が初めて解明され、研究グループは、今後これらを踏まえた創薬研究を加速させていく予定だとしている。
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