高齢化の進展で社会問題化している介護士の腰痛
東京大学医学部附属病院は3月21日、介護士の腰痛休業に関して、新たな視点からのリスク因子を見出す大規模観察研究を発表した。この研究は、同病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座の松平浩特任教授、岡敬之特任准教授、吉本隆彦特任研究員らによるもの。研究成果は「Journal of Pain Research」に掲載されている。
介護施設の需要が高まる一方、介護士の腰痛による休業件数は増え続けており、労働生産性への影響が問題視されている。実際に、仕事中に発生した腰痛で4日以上休職したという届け出件数は、介護施設で勤務する介護士で年間1,000件を超え、さらに、腰痛を抱えながら仕事をすることによる労働損失も問題になっている。介護士の数は、高齢化の進展により増加が見込まれ、腰痛対策は早急に検討すべき重要な課題と考えられている。
研究グループはこれまでの全国大規模調査で、日本人の腰痛の生涯有訴率が8割を超えていることを明らかにしていた。しかし、介護士では腰への過度な負担のみに焦点が当てられ、心理的要因を検討した大規模な観察研究は、ほとんど行われてこなかった。
腰痛が長引く要因に、腰痛を過度にかばう思考・行動も関与
そこで研究グループは、介護施設で働く介護士に限定した観察研究を実施。石川産業保健総合支援センターの小山善子所長の協力のもと、石川県内にある95の介護施設に勤務する介護士1,704名のデータ分析を行った。
自記式質問表の調査項目は、「腰痛の状況と重症度」「個人的要因(性別、年齢、学歴、婚姻)」「生活習慣(喫煙、運動習慣、睡眠時間、睡眠の質)」「労働要因(雇用形態、経験年数、職種、労働時間、夜勤の回数)」「心理・社会的要因(職業性ストレス調査票、心理的要因を踏まえて腰痛の遷延化をスクリーニングできるSBST日本語版、専門的には恐怖回避思考・行動と呼ばれる痛みを過度にかばう思考・行動を測定するTSK日本語版)」とした。なお、データの分析は、疫学研究の一般的手法である多変量ロジスティクス回帰分析により行った。
その結果、仕事に支障をきたすほどの腰痛が3か月以上続いている重度の腰痛と、統計学的に有意に関連していたのは、職業性ストレス調査票で、めまい、肩こり、睡眠障害などの身体愁訴が多いこと、抑うつや不安といった要素を含むSBSTの心理的要因点数が高いこと、TSK得点が高い(腰痛を過度にかばう思考・行動が強い)ことの3項目だった。これにより、介護施設で働く介護士の仕事に支障をきたす腰痛が長引く要因について「心身のストレス反応を示唆する身体愁訴が多いこと」「腰痛を過度にかばう思考であること」というリスク因子が見出された。
ストレスマネジメントや認知行動的アプローチが重要
従来の対策では、厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」において、作業中の腰にかかる過度の負担を減らすための対策、例えばリフトを積極的に活用することや日頃の体操の習慣化等を推奨している。これに加え、今回の研究で明らになったリスク要因を加味した労働衛生教育や、ストレスマネジメントが腰痛対策に直結すること、恐怖回避思考・行動を軽減させる認知行動的アプローチが重要なことなどの対策(ストレスマネジメントが腰痛対策に直結、恐怖回避思考・行動を軽減させる認知行動的アプローチが重要)を普及啓発し、標準化することによって、介護士の慢性腰痛の減少、さらには労働生産性の向上に寄与する可能性が期待される。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース