悪性度高く予後不良な小児脳腫瘍AT/RT
京都大学は3月6日、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った新しい脳腫瘍モデルの作製により、小児の悪性脳腫瘍の病態を解明し、その原因を狙った新しい治療戦略を開発したと発表した。この研究は、同大医学研究科の寺田行範博士課程学生、城憲秀博士課程学生、東京大学医科学研究所システム疾患モデル研究センター先進病態モデル研究分野の山田泰広教授らの研究グループによるもの。研究成果は、国際学術誌「Cell Reports」のオンライン版に3月5日付で掲載された。
画像はリリースより
小児脳腫瘍は、子どものがんの中では白血病の次に多い。特にAT/RT(エーティー・アールティー:非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍)は、小児、特に乳児期にみられる最も悪性度の高い予後不良な脳腫瘍であり、ほぼすべての患者にSMARCB1遺伝子の異常が見られる。一方で、この病気の特徴的な病態がなぜ生じるか、なぜこれほど悪性度が高いかなどはよくわかっておらず、世界的にも有効な定まった治療法がない。そこで今回の研究では、ヒトiPS細胞を使ったAT/RTのモデルを作製することで、AT/RTの病態解明と新しい治療法の開発を目指した。
発現上昇する多能性幹細胞様の遺伝子を治療標的に
研究グループはまず、ヒトiPS細胞にSMARCB1遺伝子の変異を加えて、免疫不全マウスの脳に移植することにより、ヒトの細胞でAT/RTの病態再現を目指した。いろいろな細胞に分化させることができるヒトiPS細胞の特徴を生かし、異なる分化状態の細胞を準備して移植の実験を行った。その結果、iPS細胞を未分化な状態で移植した際にマウスの脳内にできた腫瘍には、特徴的なラブドイド細胞がみられるなど、AT/RTの特徴が観察され、世界で初めてのヒト細胞によるAT/RTモデルの作製に成功した。作製したAT/RTモデルの特徴を調べると、iPS細胞や胚性幹細胞(ES細胞)に近い遺伝子の発現パターンが確認され、この多能性幹細胞様の遺伝子発現がAT/RTの発生、さらにこの腫瘍の予後不良の原因である可能性が示された。
続いて実際に患者の検体で、多能性幹細胞様の遺伝子発現が見られるかどうかを調べた。過去の報告で、大人に起こる予後の悪い脳腫瘍(神経膠芽腫)でも多能性幹細胞様の遺伝子発現がみられることが示されているが、今回、AT/RT患者の検体では、神経膠芽腫よりもさらにこの遺伝子発現が高いことが判明。さらに、小児に発生する他の悪性腫瘍(神経芽腫、腎芽腫、肝芽腫)でも、成人の悪性腫瘍と比べて、この多能性幹細胞様の遺伝子発現がみられることが明らかとなった。
最後に、AT/RTに特徴的な多能性幹細胞様の遺伝子発現を標的とした新たなAT/RTの治療法開発を目指した。その結果、RAD21遺伝子もしくはEZH2遺伝子を破壊する、あるいはそれらの遺伝子の機能を抑制する薬剤で処理することにより多能性幹細胞様の遺伝子発現を抑え、さらにAT/RT細胞の増殖を抑えることが可能であることを見出した。また、この方法で他の小児悪性腫瘍である神経芽腫でも、細胞の増殖を抑えることができたという。今回の研究成果は、小さな子ども達に起こるさまざまな腫瘍に対する治療法開発に応用できる可能性があると研究グループは述べている。
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・京都大学 研究成果