災害前と帰村後での救急医療アクセスを検討
京都大学は2月12日、福島第一原発事故後の川内村(福島県双葉郡)の救急搬送の実態調査を実施し、その結果を公表した。この研究は、同大大学院医学研究科の中山健夫教授、高橋由光准教授、西川佳孝博士課程学生らが、南相馬市立総合病院(福島県)、福島県立医科大学などと共同で行ったもの。研究成果は「BMJ Open」に掲載されている。
画像はリリースより
医療へのアクセスは重要な社会基盤であり、特に救急医療へのアクセスは、生命に直結するため、その維持は住民の健康にとって重要な公衆衛生上の課題となる。2011年3月11日に起きた東日本大震災では、震災直後の相馬地方において、救急隊による患者搬送が十分に維持されていたことが報告されている。しかし、これは震災直後の変化を追うもので、避難区域への帰村を考慮した災害後長期にわたる救急医療アクセスについては十分な情報がなかった。
川内村は福島第一原子力発電所の南西12~30kmに位置しており、福島第一原子力発電所事故後に全村避難となったが、放射線量は比較的低く、2012年1月に避難区域では初めてとなる帰村宣言が出された。2016年6月には全域が帰村可能となり、帰村が進む一方で、震災前は川内村の主な救急受け入れ機関であった双葉郡内の4施設が閉鎖した。
救急医療へのアクセス確保には、区域外の病院と協定が有効
研究グループは、川内村における、災害前と帰村後での救急医療アクセスを検討するため、2009年1月~2015年10月までに川内村から救急搬送された781例のうち、災害後~避難期間中の84例(2011年3月11日~2012年3月31日)を除いた災害前281例、帰村後416例を対象に、救急搬送例の観察研究を行った。
その結果、災害前は双葉郡内の病院に80.4%が搬送されていた(川内村診療所への搬送1.8%を含む)。帰村後は42.3%の救急症例が、帰村時に協定を結んだ、ひらた中央病院(福島県石川郡平田村)に、29.6%が郡山市に搬送されていた。双葉郡の病院閉鎖に伴い救急搬送時間は延長したものの、郡山市よりも近い平田村で救急医療へのアクセスが確保された。そのため、災害前と帰村後では、最初の救急要請から病院到着までの時間は21.9分の増加にとどまっていた。
今回の研究により、大規模災害時には、区域外の病院との協定は有効である可能性が示された。また、避難区域を伴う大災害後の救急医療アクセスの実態に関するエビデンスは少なく、今回の研究成果は国際的に貴重なものとなる。研究グループは、「大災害時には、救急医療の受け入れ先を予め決めておくことは有効である可能性がある」と、述べている。
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・京都大学 研究成果