アジア人に多い「ARID1A遺伝子変異がん」
国立がん研究センターと慈恵大学は1月25日、卵巣明細胞がん(特に日本人に多い)や胆道がん、胃がんなどアジア人に多いがんで、高頻度にみられるARID1A遺伝子の変異した患者に対する新しい治療法を見出したと発表した。この研究は、国がん研究センター研究所ゲノム生物学研究分野の荻原秀明研究員、河野隆志分野長と、東京慈恵会医科大学産婦人科学講座の高橋一彰助教、岡本愛光教授の共同研究によるもの。研究成果は、米国がん専門誌「Cancer Cell」に、1月24日付で発表された。
画像はリリースより
ARID1A遺伝子は、さまざまな遺伝子の発現を促進するSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体の一員として働くタンパク質を作る。このARID1Aタンパク質は、遺伝子変異によって、卵巣明細胞がん、子宮内膜がん、卵巣類内膜がんなどの女性のがんや、胃がん、胆道がんなどアジア人に多いがんで欠損している。特に、日本人に多い卵巣明細胞がんでは、患者の2人に1人という高い割合で欠損している。ADID1A遺伝子変異のあるがんは、進行すると悪性であるため、世界中で研究が進められているが、まだ有効な治療薬は開発されていない。
ARID1A変異がん細胞の弱点を突いた「合成致死治療法」
今回研究チームは、ARID1A遺伝子変異の特徴である機能喪失性変異による代謝(メタボローム)異常に着目した。解析の結果、ARID1A遺伝子変異のあるがんは、抗酸化代謝物グルタチオンの量が少ないという弱点を発見。グルタチオン阻害薬やグルタチオン合成酵素に対する阻害薬を使い、この代謝異常を阻害することで、ARID1A欠損がんに対する抗腫瘍効果が認められた。具体的な治療薬候補は、「APR-246」「BSO」などの既存抗がん剤(治験薬)であるという。機能喪失性変異を標的にすることでがんを治療する方法は、「合成致死治療法」と呼ばれ、新しい治療方法として、既にBRCA1, BRCA2遺伝子変異のある乳がんや卵巣がんの治療に用いられている。
今回のがん治療法の提案は、ARID1A欠損細胞に、正常細胞にはない「代謝(メタボローム)の弱点」があるという発見に基づいている。したがって、正常細胞への影響が少ないため、がん細胞特異的な効果の高い治療法となる可能性がある。メタボロームを標的とした抗がん剤は、有望かつ新しい創薬領域の1つだ。研究チームは、APR-246を含めたグルタチオン阻害薬による治療法の確立、新しいグルタチオン合成阻害薬の開発に取り組むことで、さまざまなARID1A欠損がんの個別化治療を進め、治療成績の向上を目指していきたいとしている。
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・国立がん研究センター プレスリリース