不明だった悪性がんにおける「対称性分裂」の仕組み
金沢大学は12月26日、乳がん幹細胞様細胞が分裂を繰り返すごとに倍増する仕組みを明らかにしたと発表した。この研究は、同大がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授、富永香菜研究協力員、東京大学医科学研究所先端医療研究センターの東條有伸教授、東京大学医学部附属病院の多田敬一郎准教授(研究当時)、田辺真彦講師、国立がん研究センター研究所の岡本康司がん分化制御解析分野長らの研究グループによるもの。研究成果は今後、国際学術雑誌「Proceedings of National Academy of Science」オンライン版に掲載される予定。
画像はリリースより
がん幹細胞様細胞は、がん組織内の全てのがん細胞の親であり、がんを根治させるためには、がん幹細胞様細胞をなくすことが非常に重要だ。トリプルネガティブタイプの乳がんでは、従来型抗がん剤で治療してもがん幹細胞様細胞が残り、再発の温床となることが予後不良の原因であると考えられている。しかし、がん幹細胞様細胞をなくす分子標的薬は未だ存在せず、有効な治療方法の開発が求められている。
また、がん幹細胞様細胞は、1回分裂するごとに2つの娘細胞を生み出し、1つはがん幹細胞様細胞に、もう1つは分化したがん細胞となる。これは「非対称性分裂」と呼ばれる。しかし、悪性のがんでは1回分裂するごとに娘細胞2つともが自己複製したがん幹細胞様細胞となって倍増する「対称性分裂」を繰り返す。そのため、指数関数的にがん幹細胞様細胞のみが増殖することが知られており、これが悪性化の原因になっている。この対称性分裂を阻害できる薬剤があれば、がん幹細胞様細胞の倍増を阻止して、その増殖を抑制できると考えられるが、対称性分裂の仕組みは全く解明されておらず、対称性分裂阻害剤の開発は不可能だった。
MICAL3が活性化、生み出された2つの細胞をがん幹細胞様細胞化
これまでに研究グループは、がん幹細胞様細胞が周囲に存在するさまざまな細胞の影響(腫瘍微小環境)を強く受けて、そこに棲み着くことを見いだしていた。この腫瘍微小環境には、がん幹細胞様細胞の子孫である通常のがん細胞も含まれている。今回の研究では、腫瘍微小環境に存在する通常のがん細胞が、細胞外分子「セマフォリン」を産生・分泌することを発見。このセマフォリンが、がん幹細胞様細胞の細胞膜に存在する受容体ニューロピリンに結合することで、がん幹細胞様細胞内でモノオキシゲナーゼ酵素活性を持つ分子「MICAL3」を刺激することを解明したという。
ニューロピリンやMICAL3の仲間のであるMICAL1は、神経の軸索に発現していることが知られており、セマフォリンがニューロピリンに結合してMICAL1を活性すると、神経の軸索が反発する「反発シグナル」として知られていた。今回の研究では、神経の反発シグナルとは全く異なるがん幹細胞様細胞の機能に、同じシグナルが使われていることを世界で初めて解明。MICAL3が活性化すると、分裂により生み出された2つの細胞をがん幹細胞様細胞化させ、がん幹細胞様細胞が倍増し続けることを解明したことで、これまで不明だったがん幹細胞様細胞の対称性分裂の仕組みを明らかにした。
今回の成果について、研究グループは、「今後、MICAL3の機能を阻害する分子標的薬の開発が進められることにつながると考えられる。これにより、がん幹細細様細胞の倍増を阻止して、その増殖を抑制することが期待できる」と述べている。
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