抗体-IR700結合体と近赤外光でがん細胞を殺す光免疫療法
北海道大学は11月7日、新規がん治療法である光免疫療法の治療メカニズムに関する研究を行い、光免疫療法では、近赤外光が狙った細胞上にある「デス・スイッチ」をONにして選択的に殺すことができることを証明したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の小川美香子教授(JST戦略研究推進事業さきがけ研究者兼任)、米国国立がん研究所の小林久隆主任研究員らの研究グループが、株式会社島津製作所、名古屋大学高等研究院・大学院医学系研究科の佐藤和秀S-YLC特任助教(JST次世代研究者育成プログラム)らと共同で行ったもの。研究成果は、米国の「ACS Central Science」に掲載されている。
光免疫療法では、IR700という水溶性のフタロシアニン誘導体である化学物質を結合させた抗体(抗体-IR700結合体)を薬剤として使用。抗体-IR700結合体は投与後、がん細胞の表面に結合し、近赤外光を照射すると、がん細胞を殺すことができる。光免疫治療は、従来の抗がん剤による治療や光治療と効果の出方が全く異なることから、その細胞傷害メカニズムの解明が注目されていた。
光化学反応により水溶性軸配位子が外れ化学構造が変化
今回の研究では、近赤外光照射時にIR700に起こる化学構造変化に着目。さまざまな環境下でIR700と抗体-IR700結合体に近赤外光を照射後の化学構造を、有機化学合成および質量分析装置・NMR(核磁気共鳴装置)など各種分析手法を用いて解析。また、原子間力顕微鏡により近赤外光照射後の抗体-IR700結合体の立体構造を観察し、実際に光化学反応により抗体の構造が変わる様子を画像化した。
その結果、光化学反応により、IR700の水溶性軸配位子が外れ化学構造が変化し、脂溶性の構造へ大きく物性が変わることを発見。この光化学反応は、抗体に結合させた状態でも起こることを証明し、光照射後には薬剤が凝集する様子が観察されたという。原子間力顕微鏡による観察でも、抗体が変形あるいは凝集する様子を画像化することに成功し、光化学反応による抗体-IR700結合体の物性変化が証明された。また、マウスを用いた実験においても近赤外光による水溶性軸配位子の切断反応が確認され、生体内でも同じ光化学反応が起こることを確認。がん細胞膜上の抗原にIR700-抗体結合体が結合した状態でIR700の物性が変化し膜抗原抗体複合体ごと変形や凝集体を生じることで、がん細胞膜が傷害されると考えられるという。
画像はリリースより
今回の研究により、薬剤の物性変化が「デス・スイッチ」の正体であり、近赤外光という生体に毒性を示さない光のリモコンでこのスイッチをONにすることができることを突き止めた。研究グループは「本研究で見出した全く新しい光化学反応を用いた細胞の殺傷方法は,光免疫療法の有効性を示す上で重要な知見であり、光免疫療法をさらに発展させ今後のがん治療を大きく変えるもの」と述べている。
▼関連リンク
・北海道大学 プレスリリース