内在性の脳機能の活性化が関わると予想されるプラセボ効果
理化学研究所は11月5日、ラットで「プラセボ効果」を再現し、偽薬(プラセボ)による鎮痛効果に前頭前皮質のミューオピオイド受容体が関与していることを明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター生体機能動態イメージング研究ユニットのジェン・イン リサーチアソシエイト、崔翼龍ユニットリーダーと、健康・病態科学研究チームの渡辺恭良チームリーダーらの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、米科学雑誌「NeuroImage」9月号への掲載に先立ち、オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
患者に治療行為を行う際、実際には薬理作用のないプラセボを投与しても何らかの治療効果が得られる現象をプラセボ効果という。「プラセボに対する期待感」だけで治療効果が得られるプラセボ効果の作用機序には、高次元の心理活動による内在性の脳機能の活性化が関わっていると予想される。しかし、その詳しい神経生物学的基盤はまだ解明されていない。
そこで研究グループは、慢性的な神経障害性疼痛を起こしたラット(神経因性疼痛モデルラット)を用いて小動物でのプラセボ鎮痛効果を再現。その神経生物学基盤の解明を目指した。
生理食塩水の投与で有意な鎮痛効果を示す個体が出現
ラットは、足裏に一定以上の強さの機械的刺激を与えると、足を引っ込める動作を示す。正常な個体では強い刺激にしか反応しないが、第5番、第6番の腰髄神経を片方だけ結索すると、障害を受けた側の後肢だけに慢性疼痛が生じ、正常では痛みと感じられない弱い機械刺激にも反応するようになる。これは、疼痛閾値が低下するからだ。一方、このラットに鎮痛薬を投与(腹腔内注射)してから刺激を与えると、疼痛閾値が元に戻ったことから、鎮痛薬の鎮痛効果が確認できたという。
この鎮痛薬投与を4日間繰り返し与えた後、5日目にプラセボとして生理食塩水を投与したところ、有意な鎮痛効果を示す個体が出現。この結果は、鎮痛薬の鎮痛効果(無条件刺激)と投与行為(条件刺激)が条件付けられ(パヴロフの条件付け)、プラセボによって疼痛を抑制する神経系が活性化されたことを示している。
次に、プラセボ鎮痛効果に関わる脳領域を同定するため、プラセボ効果を示した個体と示さなかった個体の脳をPETで撮像し、脳の活動領域を比較。その結果、プラセボ鎮痛効果が認められたラットの対側の前頭前皮質内側部(mPFC)などの領域において、神経活動が上昇することが判明した。げっ歯類のmPFCは、霊長類の背外側前頭前皮質(dlPFC)と相同な部位であると考えられており、ヒトを対象とした研究から、dlPFCはプラセボ効果における予測や期待感に関与することが報告されている。
そこで、mPFCの役割をさらに詳しく解析するため、薬剤投与によりmPFCを局所的に破壊したラットを条件付けしてプラセボを投与したところ、プラセボ鎮痛効果は見られなくなった。また、ミューオピオイド受容体の拮抗阻害剤を投与すると、mPFCと痛みの制御に深く関わる腹外側中脳水道周囲灰白質(vlPAG)の機能的結合が低下することや、プラセボ鎮痛効果が遮断されることも判明。これらの結果から、パヴロフの条件付けによるプラセボ鎮痛効果は、mPFCのミューオピオイド受容体の制御を受けることが初めて明らかになった。
今回の成果について、研究グループは、「プラセボ効果を合理的に活用することで、治療効果の向上や投薬容量の軽減による薬物副作用・耐性の予防につながると期待できる」と述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース