養育者の注意を惹き、養育行動を誘発させる乳児の表情
京都大学は10月24日、乳児および成人の表情から感情を知覚して、読み取る能力にどの程度の個人差がみられるかを検証し、結果として子育て経験により、相手の感情の読み取りが敏感になることを解明した研究結果を発表した。この研究は、同大教育学研究科の明和政子教授、松永倫子博士後期課程1年らの研究グループによるもの。研究成果は「PLOS ONE」のオンライン版に掲載された。
画像はリリースより
言語を使ってコミュニケーションを行うことのできない時期にある乳児にとって、表情は養育者の注意を惹き、養育行動を誘発させるきわめて重要な手段だ。一方、養育者の側は、乳児の微細な表情変化を「敏感かつ正確に」読み取る必要がある。
これまでの研究により、養育経験の積み重ねにより、乳児のふるまいに対する養育者の行動や、脳の反応が可塑的に変化することは知られていた。しかし、その前提となる「相手の表情を敏感に知覚し、そこから正確に感情を推定する能力」との関連性についてはわかっていなかった。
自分の子ではない乳児の表情では同様の結果得られず
研究グループは、養育経験を蓄積することが、他者の表情をより敏感に知覚し、さらにその感情推定がより正確になるが、そこにはある一定の個人差が存在すると仮定。初産で生後7~10か月児を養育中の母親と、出産養育経験のない同年代の成人女性(非母親)を対象に「表情知覚の敏感性」と「表情同定の正確性」を評価する課題を行った。
まず、モーフィング技術を用いて、無表情から「悲しい」あるいは「嬉しい」表情にいたるまで10段階で変化する画像を、乳児と大人、両方の表情で作成。課題では、それらの画像に対して、(1)表情が感情を表出していると感じられたか、(2)その場合、どのような感情であったか悲しい/嬉しい)の2つの問いに回答してもらった。分析にあたっては、(1)によって算出された表情知覚の閾値(敏感性)と、(2)の正答率(正確性)を指標とした。また、養育者の個人特性との関連を調べるため、不安傾向を評価する「StateTrait Anxiety Inventory(STAI)日本語版」質問紙に回答してもらった。
その結果、母親は非母親よりも、成人の表情から感情を正確に読み取っており、正確性が高いことがわかった。ただし、自分の子ではない乳児の表情に対する敏感性および正確性については、同様の結果は得られなかったという。さらに重要なこととして、母親の表情知覚の敏感性には一定の個人差が認められた。具体的には、不安傾向が高いと評価された母親ほど、相手の表情(乳児の悲しい表情・大人の嬉しい表情)を敏感に知覚していることが明らかとなった。これらの結果は、養育経験の蓄積や不安傾向の個人差によって、相手の表情を知覚したり、そこから感情を読み取ったりする能力が可塑的に変化することを示している。
今後は、この研究が見出した表情知覚の敏感性や正確性の個人差が、日常の養育行動にどのように反映されているのか、またオキシトシンなどの神経内分泌ホルモンや生理的ストレスとどのように関連するのか、などを検証する必要がある。こうした問題の科学的解明は、産後うつや育児ストレスの本質的な理解や解決へつながるものとして、今後の研究が期待される。
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・京都大学 研究成果