空間解像度を数µm程度に上げたNIRF顕微鏡を開発
産業技術総合研究所は10月11日、リン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)で表面を被覆した単層カーボンナノチューブ(SWCNT)を近赤外蛍光(NIRF)プローブとして用いて、マウス全身のNIRF造影と、今回開発したNIRF顕微鏡による組織観察を行った結果、絶食させたマウスではSWCNTが褐色脂肪組織(BAT)に集積する現象を発見したことを発表した。この研究は、同ナノ材料研究部門の湯田坂雅子招聘研究員と片浦弘道首席研究員が、国立国際医療研究センター研究所疾患制御研究部幹細胞治療開発研究室の佐伯久美子室長、北海道大学大学院獣医学研究院基礎獣医科学分野の岡松優子講師らと共同で行ったもの。研究成果は「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
産総研は、SWCNTのバイオ分野での実用化を目指して研究開発に取り組んでおり、SWCNTを使った動物実験用の近赤外蛍光プローブや生体応用に適したSWCNTの分散手法、酸化によりSWCNTの蛍光強度を増大させる技術などをこれまでに開発してきた。また、MPCポリマーの一種であるPMBで表面を被覆したSWCNTを用いるとマウスBATを選択的に造影でき、他の褐色脂肪組織造影剤より鮮明で正確な画像が得られることを明らかにしている。
今回、研究グループは、SWCNTを近赤外蛍光プローブとして用いて、細胞レベルでの微視的情報を得る技術の開発に取り組んだ。近年、近赤外光の有用性が知られるにつれ、近赤外光対応の光学素子の開発が進んできたため、今回は、近赤外対応対物レンズとCNT励起・観察用ダイクロイックミラー、そして高感度2次元NIR検出器を組み合わせ、空間解像度を数µm程度に上げたNIRF顕微鏡を開発したという。
血管異常を簡易に感知可能、腫瘍構造の解明への適用目指す
研究では、疎水性のSWCNTに親水性を持たせることで、マクロファージに捕獲されないようにPLPEGで表面を被覆したSWCNT(PLPEG-SWCNT)を近赤外蛍光プローブに用い、これをマウスに尾静脈投与。マウスの全身、特にBATを2016年に産総研が開発したNIRF造影装置を用いて全身撮影した。この撮影では、波長1000nm以上の蛍光を検出し、正常マウスでは、PLPEG-SWCNTはBATに蓄積せず、NIRF撮影では明るく造影されなかったが、マウスを絶食(20時間)させると、何らかの理由でPLPEG-SWCNTがBATに蓄積され、明るく造影されたという。
また、今回開発したNIRF顕微鏡で波長1100nm以上の蛍光を観察すると、BATの血管からPLPEG-SWCNTが漏れ出て、組織内に拡散していることが判明。絶食によりBATの血管壁透過性が亢進するこの現象は、PLPEG-SWCNTによって初めて捉えられた現象だという。さらに、BATを鍍銀染色し通常の光学顕微鏡や電子顕微鏡で観察したところ、BATで細胞や血管を支えて組織を形作っている結合組織であるコラーゲン線維が脆弱化していることがわかった。絶食マウスのBATでは、コラーゲン分解酵素の1つであるMMP3の発現が亢進していたことから、絶食によるBATの血管壁透過性亢進は、血管を裏打ちしているコラーゲン線維の脆弱化に起因すると推察されるという。
今回、PLPEGを被覆剤として用いたが、PLPEGに含まれるポリエチレングリコールは生体親和性がよいため、PLPEG-SWCNTの免疫系細胞による捕獲が阻止できる。また、タンパク質などの非特異的吸着も避けられるためプローブのサイズが大きくなることもなく、体中の毛細血管に到達するため、血管異常を伴う異常であれば、どこで起こってもPLPEG-SWCNTを使って場所を特定でき、さらに異常原因を明らかにして適切な治療を施せる可能性があるという。研究グループは今後、NIRF顕微鏡を改良し、PLPEG-SWCNTの細胞レベルでの微細分布解明の精度を高め、がん治療研究に役立つことを目指して、腫瘍構造の細胞レベルでの解明に今回開発した技術を適用していくとしている。
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・産業技術総合研究所 研究成果