ASDや認知障害モデルマウスで頻発する脳成熟後の長期抑圧
群馬大学は10月5日、忘却の脳内メカニズムの鍵となるシナプスの長期抑圧現象の調節メカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科神経薬理学分野の白尾智明教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Frontiers in Cellular Neuroscience」に掲載されている。
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ヒトの脳は、神経細胞から神経細胞へと電気信号を伝達することによって働いている。神経細胞間のつなぎ目であるシナプスでは、信号伝達が長期間にわたって起こりやすくなる「長期増強」と、逆に信号伝達が起きにくくなる「長期抑圧」が起こり、学習や忘却が起こる。つまり、記憶はシナプスの機能変化として脳に蓄えられており、この機能をシナプス可塑性という。
近年のマウスを用いた研究では、脳の発達が盛んな幼弱期には長期増強と長期抑圧が頻繁に起こるが、正常な成熟脳では長期抑圧はあまり起こらないことがわかっている。一方、大きなストレスが加わったマウスや、自閉症スペクトラム障害や認知障害などの病気のモデルマウスでは、成熟後も長期抑圧が起こりやすくなっていることが知られている。記憶・学習能力が正常な脳では、なぜ成熟すると長期抑圧が起こらなくなるのかについては、今までほとんど判明していなかった。
病気の脳での長期抑圧はA型ドレブリン欠乏によるものか
ドレブリンは、白尾教授が30年以上前に発見した記憶や忘却に重要な働きをするタンパク質。生まれたばかりの脳のドレブリンは体の他の細胞と同じE型(ドレブリンE)だが、成熟した神経細胞では、ドレブリン遺伝子の選択的スプライシングのパターンが変わり、神経細胞に特有のA型(ドレブリンA)を作るようになる。
研究グループは今回、A型ドレブリンを作らない遺伝子組み換えマウスを作製し、記憶・学習に重要な脳部位である海馬から作成した急性スライス標本を用いて、ドレブリンAを作れないマウスがドレブリンEを作り続けた結果、成熟後も長期抑圧が起こることを解明。長期抑圧はそれを引き起こす受容体との関連で、NMDA型グルタミン酸受容体依存性と代謝型グルタミン酸受容体依存性に分かれるが、ドレブリンAがない場合に引き起こされる長期抑圧は、代謝型グルタミン酸受容体依存性長期抑圧のみだったという。この結果から、A型ドレブリンは代謝型グルタミン酸受容体依存性長期抑圧が起こるメカニズムを抑制していること、そして、病気の脳で長期抑圧が起こりやすくなっているのは、A型ドレブリン欠乏のためではないかと考えられるとしている。
長期抑圧は忘却に必須の現象と考えられているが、その異常亢進は、記憶・学習の妨げとなる。実際に、長期抑圧が亢進していると推察される脆弱性X症候群では記憶・学習障害があり、アルツハイマー病のような認知症でも長期抑圧が亢進していることが示唆されている。今回の発見は、脳機能の理解を深めるのみではなく、記憶・学習障害が出現する脳機能障害の病態解明や治療法の開発に繋がることが期待される、と研究グループは述べている。
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