脊髄損傷モデルでは神経再生と機能障害回復が報告
順天堂大学は9月11日、セマフォリン3Aを薬剤でブロックすることで脳梗塞モデルラットの脳組織の神経再生や、運動機能回復を促進させることに成功したと発表した。この研究は同大学大学院医学研究科・神経学(脳神経内科)の平健一郎大学院生、上野祐司准教授、服部信孝教授らの研究グループによるもの。研究成果は、米科学雑誌「Stroke」のオンライン版で公開された。
画像はリリースより
脳血管疾患患者の多くは運動麻痺、しびれ、認知機能障害などの後遺症に悩まされている。その中でも脳梗塞は脳血管疾患全体の約7割を占め、患者数は増加傾向を示している。近年、経静脈的血栓溶解療法や血栓回収デバイスによるカテーテル的血栓回収療法が普及し、脳梗塞の急性期治療が飛躍的に進歩した。しかし、脳梗塞により一度生じた脳の機能障害に対する回復の面では、まだ十分な薬物治療はない。また、脳梗塞後遺症患者に対する医療費や介護費用は莫大で、医療経済的にも患者の運動機能や認知機能の回復を目的とした新規治療法の確立が求められている。
脳梗塞後の機能回復において、軸索再生は中枢神経組織の緻密な神経回路の再構築に重要な役割を担う。セマフォリン3Aは軸索ガイダンス因子であり、脊髄損傷モデルではセマフォリン3A阻害剤により、損傷後の神経再生と機能障害回復が促進されることが報告されている。しかし、脳梗塞動物モデルでは、軸索再生や機能回復に関する報告はなかった。
3mg/mlのセマフォリン3A阻害薬で運動機能などが改善
研究グループは、まず、ラット永久的中大脳動脈閉塞モデルで、peri-infarct area(脳梗塞巣から300μm以内の梗塞周辺領域)におけるセマフォリン3Aの発現を解析。セマフォリン3Aは脳梗塞後7日より14日までに上昇し、その後56日目にかけて減少したことから、セマフォリン3Aは脳梗塞後亜急性期のperi-infarct areaに強く発現することを確認したとしている。
初代神経細胞培養では、虚血負荷後にセマフォリン3Aを機能阻害することで軸索のマーカー「pNFH」(リン酸化ニューロフィラメント重鎖)の発現が著しく上昇することを確認。この作用機構としてセマフォリン3A関連シグナルタンパク群が関わることが示された。さらに、虚血負荷後に新生される軸索にはpGSK3βが発現し、軸索が伸展している現象を確認した。
peri-infarct areaでは脳梗塞慢性期に活性化アストロサイトがグリア瘢痕を形成し、軸索再生を阻害することが知られている。研究グループは、虚血負荷後のアストロサイト培養でセマフォリン3A阻害薬を投与すると、活性化アストロサイトが制御されることを確認。さらに、セマフォリン3A阻害薬を投与した虚血後の培養アストロサイトから放出されるエクソソームがptgds(プロスタグランジンD2合成酵素)を介して軸索再生に促進的に作用することを発見したという。
さらに、ラット永久的中大脳動脈閉塞モデルのperi-infarct areaにセマフォリン3Aが発現上昇する脳梗塞亜急性期に直接セマフォリン3A阻害薬を0.1mg/ml、1mg/ml、3mg/mlと濃度別に投与。mNSS(Modified neurological severity score)とRotarod(ロタロッド)で神経徴候、運動機能を評価したところ、3mg/mlのセマフォリン3A阻害薬投与群において、神経徴候や運動機能の改善が認められたという。また、セマフォリン3A阻害薬の投与により脳内のセマフォリン3Aの発現は減少し、pNFHの発現は上昇していたとしている。
これらの結果から、脳梗塞後亜急性期のperi-infarct areaで顕著に発現するセマフォリン3Aを機能阻害することで、pGSK3βに代表されるセマフォリン3A関連シグナルタンパク群の調節や、アストロサイトの活性化やアストロサイトから分泌されるエクソソームの制御を介して、慢性期の軸索再生やラットの運動機能回復が促進される事が明らかになった。研究グループは「セマフォリン3A阻害薬が、脳梗塞後の運動麻痺等の後遺症に対する新規治療薬となる可能性が示された」と述べている。
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・順天堂大学 プレスリリース