「認知地図仮説」「記憶インデックス仮説」2つ仮説が存在
理化学研究所は7月27日、自由に行動するマウスの海馬の「記憶エングラム」の活動の記録に成功し、その結果、記憶エングラム細胞は、これまで予想されていたような動物の位置情報の記憶ではなく、文脈情報を保存していることが明らかになったと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター神経回路・行動生理学研究チームの田中和正基礎科学特別研究員、トーマス・マックヒューチームリーダーらの共同研究チームによるもの。研究成果は、米科学雑誌「Science」の掲載に先立ち、オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
海馬は、「いつ、どこで、何が起こった」という文脈情報に基づいた、過去のエピソードについての記憶(エピソード記憶)に必要不可欠な脳部位だ。この海馬がどのようなメカニズムでエピソード記憶を担っているのかという問題については、数多くの仮説が存在しており、まだ不明な点も多い。
代表的な仮説のひとつは、2014年のノーベル賞受賞で注目を集めた「場所細胞」による「認知地図仮説」だ。動物が空間を移動する際、その時々の位置に応じて海馬の場所細胞が活動。そのためこの仮説では、海馬の神経細胞は動物のその時々の位置情報を伝える地図のようなもので、その活動によって文脈とエピソード記憶を定義するのだと考えている。また、海馬の記憶素子は任意の場所における位置情報を保存するとされている。
一方で、「記憶インデックス仮説」という別の仮説も存在する。この仮説では、エピソード記憶を構成する情報は海馬ではなく大脳皮質に保存されていて、海馬にはそれらを呼び起こすためのインデックス(索引)が記録されているとしている。文脈条件づけという行動実験と、c-Fosなどの最初期遺伝子を使った研究では、この記憶インデックス仮説と矛盾しない結果が得られている。
海馬が記憶エングラムの活動を通し、インデックスとして機能
今回、研究チームは、テトロード記録法と光遺伝学、そして特殊な遺伝子組換えマウスc-Fos-tTAマウスを組み合わせ、マウスが新しい文脈を経験した際に形成される記憶エングラムの神経活動を記録することに成功。これまで、記憶エングラムには動物が経験した場所の位置情報が保存されていると予想されていたが、解析の結果、記憶エングラムが表現する位置情報は極めて不安定であり、その活動は文脈のアイデンティティ(文脈を構成する情報の組み合わせ)に素早く応答していることが明らかになった。これは、海馬には動物の位置情報を保存する場所細胞とは別に、文脈情報を保存する記憶エングラムが存在することを示し、海馬が記憶エングラムの活動を通してエピソード記憶のインデックスとして機能することを示しているという。
今後は、記憶エングラムや場所細胞、そして他の脳領域の神経ネットワークがどのように相互的に機能するのかを明らかにすることで、脳の記憶メカニズムの包括的理解につながると期待できるとしている。
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・理化学研究所 プレスリリース