今この瞬間に生じている経験にありのままに気づく洞察瞑想
京都大学は7月5日、洞察瞑想時に、自分の過去の経験に関する記憶に捉われる程度と関係していると考えられる、腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性が低下することを発見したと発表した。この研究は、同大教育学研究科の藤野正寛博士課程学生と野村理朗准教授、こころの未来研究センターの上田祥行特定講師、情報学研究科の水原啓暁講師、人間・環境学研究科の齋木潤教授の研究グループによるもの。研究成果は、英国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載された。
健康や幸福感を高めるマインドフルネス実践法への注目が高まっている。マインドフルネス実践法は、特定の対象に意図的に注意を集中する集中瞑想と、今この瞬間に生じている経験にありのままに気づく洞察瞑想から構成されている。従来、「意図的に注意を集中する」ことの心理メカニズムや神経基盤の解明は進んでいたが、「ありのままに気づく」ことの心理メカニズムや神経基盤は解明されていなかった。
腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性が低下
研究グループは、集中瞑想と洞察瞑想を区別して実施できる瞑想実践者17名(平均年齢32.7歳、平均瞑想実施920.6時間)を対象に、集中瞑想条件と洞察瞑想条件を2日間にわけて、それぞれの日に、6分間の安静時と6分間の瞑想時の脳活動を測定。深い瞑想状態の脳活動を測定するために、瞑想実践者には、安静時と瞑想時の間に、防音室で60分間の瞑想を実施してもらった。
解析は、線条体と他の脳領域間の関係を調べる手法である機能的結合性解析を実施。これまでのマインドフルネス実践法に関する脳の活性を調べる研究では、瞑想しながら認知課題に取り組んでもらうことで脳の活性を測定する研究が多く、瞑想時の純粋な脳活動を測定できていないという問題があった。これに対して同研究では、機能的結合性解析を用いる工夫により、認知課題を実施することなく、瞑想時の純粋な脳活動を測定することが可能となったという。また、線条体は、大脳皮質の各領域から入力を受けた情報を再度大脳皮質に出力する、機能的に異なる複数のループ回路を形成しているため、線条体と他の脳領域間の関係に注目することで、それぞれの瞑想が脳活動に与える影響について大脳皮質全体を対象として検討することも可能となったとしている。
画像はリリースより
測定の結果、集中瞑想時には洞察瞑想時と比べて、腹側線条体と視覚野の結合性が安静時よりも上昇していることを発見したという。この結合性は、特定の対象に対する意図的な注意の集中に関連していると考えられ、これまでの知見と一貫するものだ。一方、洞察瞑想時には集中瞑想時と比べて、この結合性が低下。さらに、腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性が安静時よりも低下することが明らかになったという。この結合性は、自分の過去の経験に関する記憶に捉われる程度と関連していると考えられる。また、この腹側線条体と脳梁膨大後部皮質の結合性の低下の程度は、瞑想の実践時間が長いほど大きくなることが示されたという。
この研究では、洞察瞑想に特有の機能的結合性を発見することで、今この瞬間に生じている経験にありのままに気づくことの背後に、意図的な注意の集中がゆるまるとともに、自分の過去の経験に関する記憶から自由になるという心理メカニズムがある可能性を見出した。自分の過去の経験をもとに、過去や未来のことを考えることがマインドワンダリング(何かに捉われて心がさまよう状態)の大きな要因になっていることや、そうしたマインドワンダリングの低下が幸福感を高めることも踏まえると、マインドフルネス実践法の中でも洞察瞑想を実践することによって、自分の過去の経験に関する記憶から自由になることを通じて、マインドワンダリングやデフォルトモードネットワークの活動を低下させ、それが日々の健康や幸福感を高めている可能性が考えられるという。
今後は、自分の過去の経験から自由になるという観点から、洞察瞑想がマインドワンダリングを低下させるメカニズムや、マインドフルネス実践法が健康や幸福感を高めるメカニズムを解明していきたいとしている。
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・京都大学 研究成果