2種類の糖鎖を含む不均一な糖鎖クラスターでがんの「顔」を認証
理化学研究所は7月4日、2種類の糖鎖を含む不均一な糖鎖クラスターを用いることで、さまざまながん細胞を見分けることに成功し、このような糖鎖のパターンを使って生体内のがん細胞の「顔」を高度に識別できることを実証したことを発表した。この研究は、理研開拓研究本部田中生体機能合成化学研究室の田中克典主任研究員、浦野清香テクニカルスタッフII、レギーナ・シブガトウリナ国際プログラム・アソシエイト、小椋章弘特別研究員(研究当時)らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は英科学雑誌「Chemical Communications」に掲載された。
画像はリリースより
口などひとつのパーツだけで個人の特定を行うことは難しいが、目、鼻、眉毛、髪などの全体像を見ると個々の人物が容易に識別できる。これを「パターン認識」といい、全体像を眺めると、各人の顔が識別できるようになることを指す。
生体内でさまざまな分子や細胞が特定の細胞や臓器と相互作用する際に、このパターン認識は重要な役割を果たしており、生体内でのパターン認識を担う重要な生体分子のひとつに「糖鎖」がある。糖鎖は、タンパク質や細胞表面にたくさん集まり、クラスターという凝集体を形成するが、1種類の糖鎖分子だけでなく、多種類の異なる糖鎖分子が凝集し、不均一な糖鎖クラスターを形成している。つまり、複数の糖鎖認識タンパク質(レクチン)を選択的に識別することで、標的細胞が識別可能となる。しかし、複雑な構造を持つ不均一な糖鎖クラスターの化学合成やその解析が難しかったために、生体内での糖鎖のパターン認識が細胞の識別に利用されていなかった。
研究グループは、これまでに独自に開発した「理研クリック反応」を活用して、血清アルブミンの表面に位置を制御して2種類のアスパラギン結合型糖鎖(N-型糖鎖)を導入し、不均一な糖鎖クラスターを効率的に合成することに成功している。また、これらの糖鎖クラスターをマウス内に静脈注射すると、その2種類の糖鎖の構造や配置によって、臓器への集積や排出時間が異なることを見いだしていた。
特定のがん細胞を選択的に検出
研究グループは今回、化学合成したさまざまな糖鎖クラスターをがん細胞に作用させた結果、糖鎖クラスター内の糖鎖の組成により、細胞選択性が著しく異なることを見いだしたという。さらに、いくつかのがん細胞を移植したマウスに不均一な糖鎖クラスターを静脈注射したところ、特定のがん細胞のみを選択的に検出することに成功。2種類の糖鎖を含む不均一な糖鎖クラスターを用いることで、マウスレベルで糖鎖のパターン認識を発揮させ、特定のがん細胞を識別できることを明らかにした。これは、糖鎖のパターン認識を実験的に証明した初めての成果だという。
今回、「糖鎖のパターン」を使って生体内のがん細胞の「顔」を高度に識別できることが実証された。今後、理研クリック反応を使用することにより、2種類の糖鎖を含むクラスターだけではなく、より高度なパターン認識を実現できる多種類の糖鎖を含むクラスターを効率的・迅速に調製することも可能になるという。今回の研究成果は、これまで汎用されてきた抗体に代わる次世代の革新的なドラッグデリバリーシステムとして、がんの診断や創薬研究に活用されると期待できる、と研究グループは述べている。
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