神経伝達や脳機能にも影響をおよぼす「グリア細胞」
山梨大学は6月12日、うつ病治療薬が、神経細胞以外の新しい標的細胞「アストロサイト」に作用して治療効果を発揮することを発見したと発表した。この研究は、同大医学部薬理学講座の小泉修一教授および木下真直医員らの研究グループが、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の田中謙二准教授、生理学研究所の池中一裕教授、岡山大学の森山芳則教授(現在・松本歯科大学)らと共同で行ったもの。この研究成果は、Cell誌とLancet誌が共同で編集を行う「EBio Medicine」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
うつ病治療薬(抗うつ薬)として頻用されている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、神経細胞の外に一度放出されたセロトニンが細胞内へ回収される「再取り込み」を阻害することにより、脳内のセロトニン量を増やす。これにより、神経伝達が改善され、うつ病の治療効果が現れると考えられてきた。しかし、再取り込み阻害作用は薬剤投与開始後、速やかに起こる急性期の作用であるにもかかわらず、実際のうつ病の治療効果が認められるようになるのに2~6週間程度かかるというタイムラグなどの矛盾があり、これだけでは薬剤の作用機序を十分に説明することは困難だった。そのため、別の薬理機序があると想定されていたが、これまでその詳細は十分に明らかになっていなかった。
脳内には神経細胞以外にもグリア細胞という細胞群が存在するが、脳機能との関連性や、特にうつ病との関連性ではほとんど注目されていなかった。しかし、グリア細胞の一種で神経細胞の周囲に豊富に存在し、神経細胞の物理的支持、栄養供給などを行うアストロサイトが近年、神経伝達や脳機能にも影響をおよぼすことが明らかになり、注目を集めている。
アストロサイトに作用、ATPの細胞外への放出を促進
今回、研究チームは、代表的なSSRI型抗うつ薬であるフルオキセチンを用いて、アストロサイトにおよぼす影響を、マウスを用いた実験により詳細に解析した。その結果、フルオキセチンはアストロサイトに作用すると、VNUTと呼ばれる輸送体を介した機序によりATPの細胞外への放出を促進。このATPおよびその分解産物であるアデノシンは、ATP受容体およびアデノシン受容体に作用することで、アストロサイトにおけるBDNFの発現を亢進させた。
BDNFは神経の伸張、傷害の修復、神経新生作用等を有し、うつ病病態において障害された神経細胞を修復することで、うつ病治療効果に繋がることが知られている。実際にアストロサイトからのATP放出を遺伝的に阻害したマウスでは、フルオキセチン投与後にみられるアストロサイトのBDNF産生が消失し、フルオキセチンのうつ病治療効果が減弱しており、逆にアストロサイトからのATP放出を遺伝的に増幅させたマウスでは、うつ病治療効果が高まっていたという。他の抗うつ薬でも同様の作用が認められたことから、今回認められた作用はフルオキセチンだけでなく、抗うつ薬にある程度共通した性質であることが示唆された。
今回の研究により、不明点が多かった抗うつ薬の新たな作用メカニズムと、さらにうつ病の原因におけるアストロサイトの役割が明らかになった。研究グループは今後、「アストロサイトに注目することで、うつ病の新しい分子病態を解明するとともに、アストロサイトを標的とした効果的で副作用の少ない治療戦略を開発したいと考えている」と述べている。
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・山梨大学 プレスリリース