不明だったミトコンドリア機能障害とセロトニン神経伝達の変化の関係
理化学研究所(理研)は6月11日、双極性障害(躁うつ病)の病態において、ミトコンドリア機能障害がセロトニン神経の活動変化を引き起こすことを発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チームの加藤忠史チームリーダーらの共同研究チームによるもの。研究成果は「Molecular Psychiatry」に掲載されている。
画像はリリースより
双極性障害は、躁状態・うつ状態を繰り返す精神疾患。脳内のセロトニン神経伝達を調節する薬が治療に有効なことから、セロトニン神経伝達の変化が発症に関与していると考えられている。 一方、加藤チームリーダーらは、MRI装置を用いた双極性障害患者の脳の生化学的測定や死後脳の分析から、ミトコンドリア機能障害がその病態に関与することを示してきたが、ミトコンドリア機能障害とセロトニン神経伝達の変化の関係は不明のままだった。
セロトニンの過剰分泌が双極性障害の病態に関与している可能性
研究チームは、ミトコンドリア病では双極性障害を伴いやすいことに着目。双極性障害患者の集団において、ミトコンドリア病の原因となる遺伝子(ANT1)の変異を持つ患者を探したところ、304名のうち2名が、健常者ではほとんどみられない、ANT1の機能を失う変異を持っていることがわかった。そこで、脳のみでAnt1遺伝子の機能が失われるマウス(Ant1変異マウス)を作製し、解析した。その結果、このマウスの脳では、ミトコンドリアがカルシウムイオン(Ca2+)を保持しにくくなるという機能変化を示した。次に、Ant1変異マウスの行動を解析。8秒待たないと報酬(甘い水)がもらえない状況にすると、普通のマウスは待たなくなるが、変異マウスは8秒後の報酬でも待ち続けるという変化がみられ、遅延報酬割引という心理機能が働きにくくなっていることがわかった。このような変化はセロトニン神経の活動を活性化させたマウスでも観察されていることから、Ant1変異マウスにおいてセロトニン機能が変化していることが疑われた。
そこで、Ant1変異マウスの脳内で、ミトコンドリアDNA由来のタンパク質が減少している領域を探索。その結果、縫線核というセロトニン神経細胞がまとまって存在する部位で、加齢するにつれてミトコンドリアDNA由来のタンパク質が減少していることを見いだした。さらに、このマウスで脳内のセロトニン代謝を調べたところ、セロトニンの代謝が亢進していることが明らかになり、このマウスの縫線核のセロトニン神経細胞の性質を電気生理学的に調べたところ、神経細胞が活動しやすくなっていることがわかったという。
これらの結果は、双極性障害のリスクとなるミトコンドリア関連遺伝子変異があると、ミトコンドリア機能障害が起きやすい脳部位にあるセロトニン神経細胞内のカルシウムイオンの制御に変調を来し、セロトニン神経細胞が活動しやすくなった結果、セロトニンが過剰に分泌されることが、双極性障害の病態に関与している可能性を示している。
iPS細胞の研究では、双極性障害患者由来の細胞から分化した神経細胞は、ミトコンドリア機能の変化に伴って、過剰に活動しやすくなっていることが報告されている。今回の成果は、具体的に双極性障害患者の脳内のどの神経細胞が過活動になっているのかについて、手がかりを与えるものであり、双極性障害の新しい診断法・治療法の開発にも貢献すると期待できると研究チームは述べている。
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