海馬と嗅内野に着目、2重課題歩行検査の成績との関連性を検討
東京都健康長寿医療センターは5月18日、簡単な暗算などの認知的負荷がかかる課題を遂行しながら歩行(2重課題条件下での歩行)した際に、歩行速度が遅くなる高齢者ほど嗅内野の萎縮が進んでいることを明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所の桜井良太研究員とカナダ・ウエスタンオンタリオ大学医学部のManuel Montero-Odasso教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は「Journal of Gerontology:Medical Sciences」に掲載されている。
画像はリリースより
軽度認知障害(MCI)と呼ばれる、認知機能が年齢相応よりも低下した状態にある高齢者では、2重課題条件下での歩行時に歩行速度が顕著に遅くなる者ほど将来の認知症発症リスクが高いことはManuel Montero-Odasso教授らの研究チームが明らかにしているが、その神経学的背景については明らかにされていなかった。
そこで研究チームはMCIの高齢者を対象に、2重課題歩行検査に加えて、脳構造を調べることができるMRI検査を行った。この研究では、加齢に伴い早期に萎縮が始まり、特に認知症患者で特異的に萎縮が認められる「海馬」と「嗅内野」という脳部位(記憶を中心とした認知機能を司っていると考えられる脳部位)に着目し、2重課題歩行検査の成績との関連性を検討した。その結果、2重課題歩行時に歩行速度が遅くなる高齢者ほど、左側の嗅内野の容量が萎縮していることが明らかになった(通常の歩行速度とは関連なし)。
2重課題歩行は健康な認知機能を構成する重要な要素
認知症の初期やMCIから認知症に移行する高齢者では、海馬に比べて嗅内野の萎縮が顕著である例が過去の研究から多く確認されている。このことから、今回の研究の結果は2重課題歩行時の歩行速度の顕著な低下が認知症発症の前駆症状となり得ることを示唆しており、認知症発症リスクの早期発見に寄与する研究成果であるといえる。
しかしながら生来から「何かをしながら何かを行う」ことが苦手な人もいるため、MCI高齢者における2重課題歩行時の歩行速度が必ず嗅内野の容量と関連するわけではない。今回の研究結果は、普通に歩く機能に問題のないMCI高齢者であっても、認知的な付加を加えられた状態で歩行する際の能力の低下が神経学的にも認知症発症のリスクにつながる可能性を示唆するものである。「簡単なおしゃべりをしながら歩く」といった2重課題歩行は、健康な認知機能を構成する重要な要素であるといえる、と研究グループは述べている。
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・東京都健康長寿医療センター プレスリリース