医療に求められる精度での計測が困難な「陽電子放出核種」
早稲田大学は2月8日、陽子線の照射によって体内の原子核で起こるミクロな物理現象を可視化する画期的な手法を確立したと発表した。この研究は、同大理工学術院の片岡淳教授らの研究チームが、東京女子医科大学、京都府立医科大学、量子科学技術研究開発機構、名古屋陽子線治療センター、名古屋大学と共同で行ったもの。研究成果は、英オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載されている。
放射線を用いたがん治療は、体にメスを入れる必要がないため、患者の負担を低減することができる。特に陽子線と呼ばれる放射線は、止まる直前になるとエネルギーを一気に解放する性質を持つため、体の奥深くに位置するがんにもダメージを集中させることができる。
治療の際は、がんに対して的確な照射を行えたかどうか逐一確認することが理想的だが、陽子線がどのように体内を進み、どの組織にどれだけのダメージを与えたかを直接目で視ることはできない。そこで、陽子線が体内を進む過程で原子核に衝突した際に生成される「陽電子放出核種」と呼ばれる特殊な原子核の生成分布をPET装置で捉えることで、陽子線の進路を可視化することが考えられるが、これまで医療に求められる精度でPET計測をシミュレーションすることが困難だった。
チェレンコフ光の生成頻度を簡単かつ正確に導出
今回、研究チームは陽電子放出核種から生じるチェレンコフ光に着目。チェレンコフ光は、紫外線から可視光領域にまたがる青白い微弱光だ。研究では、チェレンコフ光の生成頻度を簡単かつ正確に導出する手法を確立。この手法により得られた結果は、従来のデータベースを刷新する高い精度を誇るといい、この結果を用いることで初めて、PET計測を正確にシミュレーションできるようになったという。
画像はリリースより
今回の研究成果は「放射線を視ながらがんを治す」次世代の陽子線治療を実現するうえで、重要な役割を担うことが期待される。今後は、この研究で確立した手法を用いて、陽子線治療中に生じるさまざまな核反応のデータを網羅的に取得する予定。ただし、陽電子放出核種の生成分布から体内での陽子線の挙動を正確に知るためには、物理学的な現象だけでなく生体内での生物学的な応答も把握する必要がある。また、放射線治療の世界では「線量」をもとに議論するため、PET装置で得た陽電子放出核種の生成分布から体内での陽子線の線量分布に変換するようなアルゴリズムを考案する必要もあるという。研究チームは「高精度な陽子線治療を達成するためには、医学を中心に物理、化学、生物、数学、情報といった理工学の英知を結集し、問題解決に取り組むことが重要」と述べている。
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