■創薬の「障壁突破」可能性も
新薬の研究開発をめぐっては、一つの薬剤を開発するのに1000億円以上のコストがかかり、開発期間の長期化や動物実験で確認した有効性・安全性が患者で再現できずに開発失敗に終わる開発成功率の低さが課題だった。さらに治験に関しても、症例数が少ないことや投与方法が単純で投薬期間が短く、対象者の年齢制限や特殊な患者を除外しなければならない理由から、承認取得前の安全性評価に限界が生じている。
こうした問題を克服する評価法として期待されているのが、ボディ・オン・チップだ。ヒト細胞由来の培養細胞、培養組織を用いた動物実験代替法が開発されようとしているが、単一の臓器であるため、皮膚や眼の刺激性試験や感作性試験など一部の局所毒性の評価に限られ、生体に似た環境で薬物動態などを評価するツールは動物実験以外に方法がなかった。ボディ・オン・チップでは、こうした個別臓器である小腸や肝臓など医薬品の代謝にかかわる臓器を組み合わせ、多臓器システムを構築し、個別臓器モデルでは捉えられない、様々な生理学的な応答現象を解析・予測することが可能だ。
ただ、実用化に向けては技術的な課題が多い。新たな実験機器が必要なことや実験操作が複雑、実験結果と臨床での再現性の不確実性が高いこと、コスト削減につながる評価法として開発したのに、試験として確立するための費用増で、コスト高になってしまうとの課題が挙げられている。
2016年の世界経済フォーラムでは、自動車の自動運転システムや次世代バッテリーと並び、10のイノベーション技術の一つとして選ばれるなど産業界では注目度は高まっている。米国ではボディ・オン・チップ試験で用いる「マイクロ流体デバイス」の市場が年率18%増と拡大しており、大半が医薬品開発の用途だという。
国内でも一部のアカデミアで研究がスタートしている。京都大学の亀井謙一郎氏が、マイクロ流体デバイスを用いてヒト由来の癌細胞と正常な心筋細胞を連結させ、ドキソルビシンで多く報告されている心毒性の副作用について、薬剤による直接の作用なのか、代謝産物によるものなのかを評価したところ、代謝物を介した臓器間相互作用によって副作用が引き起こされるメカニズムを発見した。
ただ、ボディ・オン・チップをめぐっては、米国では関連ベンチャーが多く設立される一方、日本は遅れているのが実態だ。「米国の先行企業も実験のコンセプトにばらつきがあるなど問題があり、追いつけないわけではない」(亀井氏)とオールジャパンによる研究開発体制を期待する。