名古屋大学公正研究委員会は11月22日、降圧薬・ディオバン(一般名:バルサルタン、ノバルティスファーマ)をめぐり同大学医学部で実施された臨床研究・NAGOYA HEART Study(略称:NHS、研究責任者:同大循環器内科教授・室原豊明氏)ついて追加調査を実施した結果、「Hypertension」誌に掲載された同研究の試験デザイン論文、主論文、サブ解析論文の3本の撤回が適当との判断に至ったと発表した。
2014年最終報告では「修正勧告」となるも、2016年9月に学外から指摘あり、再調査
(撮影:村上和巳)
NHSは2型糖尿病または耐糖能異常(IGT)に高血圧を合併した30~75歳の日本人患者を対象としアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)・バルサルタンとカルシウム(Ca)拮抗薬・アムロジピンの有効性を比較した試験。試験デザインはPROBE法(前向き無作為化オープンラベルエンドポイント盲検下比較試験)を用い、東海4県46施設、医師427人が参加して実施された。有効症例数は1,150例。試験期間は2004年10月~2010年7月で経過観察期間の中央値は3.2年。発表された論文での複合プライマリーエンドポイントは心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、冠動脈血行再建術、心不全による入院、心臓突然死)だった。
2014年12月に名古屋大学公正研究委員会は、プライマリーエンドポイントのうち「心不全による入院」について、同大学生命倫理委員会が承認した臨床研究計画書では「心不全の発症/悪化による入院、悪化による追加治療」だったのに対し、論文では生命倫理委員会に諮られることなく「心不全の発症/悪化による入院」と変更されていたと指摘。また、心不全で入院と判定されていた18例のうち4例は実際には入院しておらず、うち1例は本人の入院拒否だったとして、これらを修正するよう勧告していた。
これに関して2016年6月、学外から、修正論文では勧告に従った心不全イベントの定義変更は行われず、入院が確認できなかった心不全症例4例について「個人的理由で入院を拒否し追加の治療を外来で受けた」と追記したのみとの指摘があり、さらに同年9月には別の学外通報で、修正で追記された入院拒否例4例について、「実際に本人が拒否したのは2例ではないか」との指摘もあった。
これを受けて公正研究委員会は2016年7月以降調査を開始。同年11月にはこの件に関する調査専門委員会を設置して、過去の調査報告にとらわれないとの前提で、これまで調査専門委員会を10回、公正研究委員会を7回開催してきた。
この結果、修正論文に入院拒否と追記された4例のうち、1例は診療録やNHSのエンドポイント委員会提出資料のいずれにも入院拒否の記録がなく、これら4例を除く心不全による入院例14例のうち、新たに心不全での入院に該当しない、拡張型心筋症での検査入院1例を発見。また、この入院例調査過程で、エンドポイント委員会での審議案件数について、同一論文内に異なる2つの件数の記載があることも判明した。
さらに、今回の調査から▽室原氏らが主要評価項目への変更に関する手続きや認識が誤っていた、▽論文では「心不全の発症/悪化による入院」としながらエンドポイント委員会での審議経過では計画書通りに「心不全の発症/悪化による入院、悪化による追加治療」で検討していた形跡がある、▽名古屋大学以外の参加医療機関に定義変更を周知した文書等の痕跡は見つからなかった―――などの不適切事例も発見された。
一方、追加調査の結果、エンドポイント委員会には本来委員に該当しない事務局担当の医師、CRC、ノバルティス社員が同席して症例プレゼンテーションや会の進行を行っていたことなどから「独立性、盲検性が担保されていなかった」と断じた。
そのうえで論文訂正もメイン解析論文しか行われておらず、心不全のエンドポイント定義を訂正しなかったことに関して、室原氏らが「イベント定義を変更すると整合性が取れなくなる。著者間のコンセンサスは得られない」と公正研究委員会のヒアリングで主張したことについて、研究計画書を変更していない以上、「許容されない」との判断を示した。
ディオバン論文、関連研究すべてが撤回か
ディオバンに関しては、国内で行われたNHSも含む5つの臨床研究に発売元のノバルティス社が不適切な関与をしていたことが既に明るみになっている。
このうち京都府立医科大学が行ったKYOTO HEART Studyと東京慈恵会医科大学が行ったJikei heart Studyでは両大学の調査で人為的なデータ操作の可能性が指摘され、滋賀医科大学が行ったSMART研究、千葉大学が行ったVART Studyではデータの不一致などから大学側の調査で科学論文として不適切と結論づけられた。このうちVART studyの試験デザイン論文以外は既に撤回されている。
この中でNHSは唯一論文撤回まで行われていなかったが、今回撤回を求める勧告が出たことにより、関連研究すべてが撤回に追い込まれる可能性が高まった。
一方、KYOTO HEART Studyに関連しては、2014年6月にノバルティス社元社員の白橋伸雄氏が当時の薬事法(現・薬機法)違反(誇大広告)で逮捕され、同法の両罰規定により法人としてのノバルティスも起訴。東京地裁は一審でデータ操作などの不正は認めつつも、医学論文は薬機法で定める広告には当たらないとの判断で白橋氏とノバルティス社に無罪を言い渡し、現在検察が控訴している。