■慶大、埼玉大など共同研究
慶應義塾大学薬学部、埼玉大学大学院理工学研究科、東日本メディコムの研究グループは、人工知能(AI)を使って薬剤師の服薬指導を支援する薬学的推論システムの共同開発を進めている。処方箋、添付文書、お薬手帳、薬歴等のデータをAIに学習させることで、副作用や併用薬など患者に伝えるべき服薬指導の着眼点を提案し、推奨される指導内容を導き出すもの。多忙な調剤現場の“うっかりミス”と薬歴の記載漏れを防ぎ、医薬品のリスクマネジメントに役立てるのが狙いだ。多様な新薬が登場し、調剤業務で取り扱う医薬品の種類が増加している中、AIを活用したシステムは新たな薬剤師業務の支援ツールとなりそうだ。
研究グループは、人の生命に直結する薬剤師業務において、うっかりミスなどのヒューマンエラーを防止し、患者の安全性を確保するため、AIを使って服薬指導を支援するシステム開発に着手した。電子薬歴システムなどに連動させ、添付文書、薬歴、処方箋、お薬手帳、患者アンケートなどの様々なデータをAIに学習させることで、コンピュータが患者プロファイルをもとに薬学的推論を行うというもの。副作用や併用薬などの注意すべき指導方針を導き出し、前回の薬歴や過去の指導内容を踏まえて継続的な指導内容が推奨される。
たとえば、来局した初回患者の処方内容に対し、画面上で合併症、併用薬、過去の副作用歴などを確認。これらを踏まえてAIが推論を行い、特徴点を抽出して「副作用(100%)」などとパーセントで着眼点が示される。
つまり、この患者には必ず副作用に注意して服薬指導を行うようリスク回避の観点からAIが推奨していることになる。膨大な組み合わせパターンの中から副作用に着目した推奨指導文が表示され、薬剤師の判断でパーセントの変更もできる。さらに2回目の来局時には、前回の服薬指導をもとに残薬や体調変化、併用薬などを確認し、これら情報に基づきAIが推論した結果、「併用薬(50%)」などと着眼点が示される。2回目来局した患者に対しては、併用薬に注意して服薬指導を行うよう提案するといった流れになる。
慶應義塾大学薬学部の山浦克典教授は「AIを使ったシステムでは、過去の指導内容を踏まえて着眼点が示されるので、うっかりミスを防げることが大きい」とメリットを話す。前回の来局時に指導すべき注意点を伝え忘れていたり、その時に対応した薬剤師が伝えていない内容があっても、AIが抽出して指導するよう推奨してくれるのが大きな特徴である。
東日本メディコムシステム開発部の野本禎次長は、「電子薬歴では画一的な内容になってしまうが、AIが前回の薬歴の内容や患者プロファイルを踏まえて、患者ごとに継続的な指導内容を推奨してくる部分が大きな違い」と指摘する。
AIを使った薬学的推論システムは、患者のリスク回避のみならず、薬歴の記載漏れ防止といった薬剤師業務の効率化への貢献も期待されている。現場では多忙な調剤業務に追われて未処理の薬歴が増え、患者へ伝えるべき説明が省略されてしまう可能性がある。
山浦氏は「AIが薬剤師と同じ思考回路で、患者ごとの説明内容を記憶しておいてくれれば薬歴を記載するときに漏れがなくなり、調剤業務の効率化が実現できる」と話す。複数の薬剤師が勤務する薬局で、どの薬剤師が対応しても同じレベルの服薬指導を受けられる効果が考えられる。
ただ、山浦氏は「あくまでもAIは補助的な役割」と強調する。薬剤師業務がAIに置き換わる確率は、1.2%と非常に低い論文が報告されており、「薬剤師はAIに置き換わらない職業であることを前提にAIを活用すべき」とクギを刺す。
今後、システムの実用化が待たれるところだが、薬剤師が入力したデータが蓄積され、AIが学習能力を高めることで、さらなる薬学的推論システムの精度向上が期待されそうだ。