従来の細胞培養法で得られた心筋細胞は収縮力などに課題
京都大学は10月30日、新規のナノファイバー材料を用いて、安全性と配向性、3次元構造を持ったヒトiPS細胞由来の心筋細胞の組織構築に世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同大高等研究院物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の劉莉連携准教授(兼 京都大学工学研究科特定准教授)、同大学工学研究科の李俊君AMED特定研究員、大阪大学大学院医学系研究科組織・細胞設計学共同研究講座の南一成特任准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、米科学誌「Stem Cell Reports」で公開されている。
画像はリリースより
心筋梗塞をはじめとする虚血性心疾患の患者は日本で約80万人おり、年間約4万人が死亡している。その治療法として心臓移植があるが、ドナー不足や免疫反応などの問題がある。ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞の開発により、幹細胞から分化誘導した心筋細胞による移植治療が心臓移植に代わる治療法になることが期待されている。
生体内の心筋細胞は筋繊維が配列した3次元構造を有しているが、これまでの平面的な細胞培養法で得られた心筋細胞は配列構造を持たず、筋繊維構造や収縮力、電気生理学的性質について、実際の心臓と性質が異なることが課題だった。
心機能の有意な改善をラットで確認
今回の研究では、生体内の心臓組織の微小環境を模倣し人工的に心筋構造を再生するために、安全性の高い生体分解性素材の乳酸̶グリコール酸共重合体(PLGA)を用いて、心筋細胞培養に最適化した配向性ナノファイバーを開発。このナノファイバーとヒトiPS細胞から作成した高純度のヒト心筋細胞を組み合わせ、3次元組織培養を行うことで、実際の心臓組織に近い3次元多層構造と筋繊維の配列構造を伴った、ナノファイバー融合型の心筋組織片を構築することに成功した。この心筋組織片は、配列構造を持たない従来の2次元単層の心筋細胞と比較して、β-MHCなど各心筋関連遺伝子の発現レベルの点で成熟度が高く、薬剤応答に関する電気生理学的な機能性に優れていることを示すデータが得られたという。
また、生体外の培養心筋細胞で作製したリエントリー性不整脈モデルに対して、配向性ナノファイバー心筋組織を重ねることで不整脈が消失することが判明した。さらに、このナノファイバー心筋組織片をラット心筋梗塞モデルに移植し、心筋細胞の生着能と心機能を解析。その結果、移植後2か月にわたって厚みのある細胞組織の生着が認められ、同時に梗塞で低下した心機能の有意な改善が確認されたという。移植したナノファイバーや細胞による炎症反応についても、移植部位周辺に見られなかったとしている。
このナノファイバー心筋組織片は非常に強度が高く、移植手術等における扱いが容易で搬送にも適している上、材料費も低コストになるという。研究グループは今後、この新たな組織工学技術を用いて、創薬や再生医療分野での実用化を目指し開発を進める予定だとしている。
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・京都大学 物質-細胞統合システム拠点 News