■医療費減と曝露対策で注目
抗癌剤等の注射薬について、一つのバイアルを1回分使用して残った薬を廃棄せず、2人目以降の患者にも複数回使用する薬剤バイアル最適化(DVO)の取り組みが日本でも動き出しつつある。高価な薬剤のムダ削減が大きな狙いで、既に病院薬剤部からDVOの導入効果を試算した研究成果が複数報告されるなど、医療現場でも薬剤費削減に向けた問題意識が高まってきた。7月には、厚生労働省が一つのバイアルに残った薬を2人の患者に調製した場合の保険請求は「使用量に応じて請求し、2バイアル分は請求できない」との見解を通知し、過剰な保険請求に一定の歯止めをかけた。ただ、最大の問題は安全性の確保になる。厚労省は今年度、安全性確保に必要な条件などを検討する調査研究を行う予定だが、閉鎖式接続器具を用いたDVOの導入は医療費削減だけでなく、抗癌剤の曝露対策にもつながるだけに、医療の安全に貢献する薬剤師主導のエビデンス作りが期待されそうだ。
抗癌剤の廃棄量に注目し、閉鎖式接続器具を用いたDVOの導入を提言していたのは、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授。その医療費削減効果を年間最大で約400億円と試算し、抗癌剤の保険請求を使用量ベースに変更すること、閉鎖式接続器具導入に診療報酬上のインセンティブを与えることなどを主張していた。
こうした中、昨年には、国立がん研究センター中央病院薬剤部らの研究グループから、注射用シクロスファミドについてDVOを実施した結果、3カ月間で廃棄率が0.5%減少したことが発表された。そのほかにも、鹿児島大学病院、弘前大学病院、旭川医科大学病院などから、DVO導入による医療費削減などの成果が報告されるなど、医療現場で導入例が広がりを見せていることがうかがえる。
一方で、医療費削減という観点から、医療費のあり方を見直す自民党の行政改革推進本部の注目も集め、保険請求をめぐる議員からの指摘が7月の厚労省通知につながった。あくまでも一つのバイアルを2人に調製した場合は使用量で請求するというもので、1人の患者に調製してやむを得ず廃棄した場合は従来通りバイアル単位で請求できることになるが、過剰な保険請求に一定の歯止めになる効果が期待されることは確かだろう。
ただ、DVO導入に向けた最大の問題は、複数回使用する場合の薬剤の安全性確保にある。特に抗癌剤などのリスクにさらされる医療現場からは「まず安全性が大事。感染を防げることを客観的に証明しなければならない」(病院薬剤師)との声が強い。
薬剤バイアルを複数回使用する場合の安全性確保には、閉鎖式接続器具の使用がカギになる。DVOを導入している米国では、医療従事者のトレーニングや文献をレビューした解説書の作成、微生物検査の実施、残薬の調製に関するビデオ学習や筆記試験の実施、閉鎖式接続器具を用いた実施訓練などが行われ、安全性の確保に力を入れている。日本でもまず、こうした基本的な体制整備が求められることになりそうだ。
日本でDVOを実施している施設では、米国のガイドラインなどを参考に、残薬の有効利用期間を安全キャビネットと同じ環境で6時間以内と設定していることがほとんど。閉鎖式接続器具を使用せずに、無菌性を担保している施設もあるが、細菌汚染などの影響については今後の調査が待たれるところだ。
厚労省が検討項目の一つに挙げている小規格包装の開発については、医療現場から「調製する薬剤師の手間が非常に増え、かえって閉鎖式接続器具を多く使うことになり、コストが高くつく」と否定的な意見が出ている。
DVOの導入は医療費削減だけではなく、抗癌剤などハザーダスドラッグ(危険薬)の曝露対策につながるメリットがある。閉鎖式接続器具を使って注射薬を安全に複数回使用し、使用量に応じて適切に保険請求すると共に、曝露対策につなげることで医療経済と医療安全に貢献する取り組みとなる。そのためにも、医療現場の薬剤師を中心に安全性データを示すと同時に、DVO導入を視野に入れた研修やトレーニングの体制作りが急がれる。