心臓の線維化を誘導するTRPC3チャネル
生理学研究所は8月3日、抗がん剤で心筋が萎縮する機序を解明したと発表した。この研究は、同研究所の西田基宏教授(九州大学教授兼務)が、九州大学、群馬大学、東京大学、京都大学と共同で行ったもの。研究結果は、米医学誌が発行する「JCI insight」で掲載されている。
画像はリリースより
抗がん剤は、疲労感・倦怠感や筋肉痛、心筋症といった副作用を起こすことが問題視されている。原因は、心筋や骨格筋などの萎縮だが、抗がん剤が筋萎縮を起こす機構は明らかにされていなかった。
研究グループは、2016年に心筋細胞膜上に存在するCa2+透過型カチオンチャネル(transient receptor potential canonical(TRPC)3)が、酸化ストレスの原因となる活性酸素の生成酵素である細胞膜タンパク質NADPHオキシダーゼ2(Nox2)と相互作用し、Nox2タンパク質の分解を抑制していることを報告。さらに、TRPC3チャネルは心筋細胞の物理的伸展刺激により活性化し、Nox2からの活性酸素生成を促すことで、心臓の線維化を誘導することも明らかにしていた。
TRPC3チャネル阻害によりドキソルビシン誘発性の心筋萎縮を抑制
研究グループは今回、マウスを用いて、高用量のアントラサイクリン系抗がん剤「ドキソルビシン」(製品名:アドリアシン)が、心臓で急性期にTRPC3-Nox2タンパク複合体数を増加し、酸化ストレスを誘発することで心筋細胞を萎縮させることを解明。ドキソルビシン投与は、心筋細胞の低酸素化を誘発することでTRPC3タンパク質の発現を増加させ、TRPC3がNox2タンパク質を安定化させることでNox2依存的な活性酸素の生成を促し、結果的に心筋細胞を萎縮させることが判明した。さらに、TRPC3チャネルを阻害することが報告されている化合物の中から、TRPC3-Nox2複合体形成も抑制できる化合物pyrazole-3を同定。ドキソルビシン誘発性の心筋萎縮を顕著に抑制することもわかったという。
一方、適度な運動がマウスのドキソルビシン心毒性を軽減することも過去に報告されている。適度な運動を与え続けたアスリートモデルマウスの心臓では、TRPC3-Nox2複合体形成が抑制されていた。TRPC3遺伝子欠損マウスの心機能を解析した結果、アスリートモデルマウスの心臓と同様にコンプライアンスの高い柔軟な心筋を呈していることが明らかになったという。TRPC3チャネル活性だけを変化させても心筋の柔軟性は変化しないことから、TRPC3-Nox2複合体形成の阻害が、適度な運動を模倣することで、抗がん剤投与による急性期の心筋萎縮を抑制する可能性が示された。
TRPC3チャネル活性およびTRPC3-Nox2相互作用を阻害する薬と抗がん剤の併用療法の開発は、化学療法の安全な継続使用が可能になり、適応疾患の幅も広がる可能性が期待される、と研究グループは述べている。
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・生理学研究所 プレスリリース