増殖が盛んな細胞で過剰に生産されるポリアミンを蛍光標識
理化学研究所は6月2日、プロパルギルオキシ基を持つエステル(プロパルギルエステル)が、がん細胞内でポリアミンと選択的にアミド化反応を起こすことを利用して、がん細胞を正常細胞と区別して見分けることに成功したと発表した。この研究は、理研田中生体機能合成化学研究室の田中克典主任研究員、ケンワード・ヴォン基礎科学特別研究員らの共同研究チームによるもの。研究成果は、英科学雑誌「Chemical Communications」に掲載されるのに先立ち、オンライン版に5月31日付けで掲載されている。
画像はリリースより
がん細胞のように増殖が盛んな細胞では、細胞内でポリアミンが過剰に生産され、タンパク質合成や細胞分裂に深く関わっていることが知られている。この細胞内のポリアミンを選択的に反応させることができれば、がん細胞を選択的に標識したり、がん細胞の増殖を押さえることができると考えられている。
これまでに田中主任研究員らは、アルコキシ基を持つ電気的中性のエステルのうち、プロパルギルエステルだけが、適度な疎水性を持つ直鎖の1級アミンと混ぜ合わせると、触媒を用いずに室温でアミド結合を形成することを見いだしていた。この反応では有機溶媒中だけでなく、水中でもエステルが加水分解されることなく、80~90%の高収率でアミド結合が形成される。そこで共同研究チームはまず、プロパルギルエステルと生体内(細胞内)に存在するさまざまな生体内アミンとの反応を検討した。
生体内での有機合成反応によるがん診断や治療法に期待
その結果、プロパルギルエステルはタンパク質のアルブミン、アミノ酸のアルギニン、ヒスチジン、リジンの側鎖のアミノ基とは反応しなかった。さらに、神経伝達に関わる生体内アミンのエピネフリン(アドレナリン)、ヒスタミン、ドーパミン、その他の生理活性アミンであるフェネチルアミンやスフィンゴシンとも反応しないことが判明。一方、プロパルギルエステルはスペルミンやスペルミジンとは速やかに反応し、アミド結合を効率的に形成することがわかったという。
次に、蛍光標識したプロパルギルエステルを3種類の乳がん細胞(MCF7、MDA-MB-231、SK-BR-3)、正常乳腺細胞(MCF10A)、免疫反応を担うリンパ球に対してそれぞれ作用させた後、これらの細胞を蛍光顕微鏡で観察。その結果、がん細胞のMCF7、MDA-MB-231、SK-BR-3では、細胞全体に蛍光染色が認められたのに対し、正常乳腺細胞であるMCF10Aとリンパ球では蛍光がほとんど認められなかったという。さらに、蛍光染色されたがん細胞を破砕して、プロパルギルエステルが反応したアミンを調べたところ、ポリアミンのみがアミド化されていることが判明。これらの結果は、蛍光標識したプロパルギルエステルが、がん細胞内で過剰に発現しているポリアミンと選択的に反応してアミド化反応を起こしたため、がん細胞だけを選択的に蛍光標識できたことを示している。
この研究のプロパルギルエステルによるアミド化反応は、細胞内のポリアミンに対して、蛍光標識基だけでなく、さまざまな機能性分子や創薬分子を選択的に導入することが可能。ポリアミンをターゲットとした生体内有機合成反応は今後、がんの診断や副作用の少ない治療法としての利用が期待できる、と同研究グループは述べている。
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