機能的再生が困難な有毛細胞
東京大学医学部附属病院は5月11日、オートファジーがマウスの聴覚機能に重要な役割を果たすことを明らかにしたと発表した。この研究は、同院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の藤本千里助教、山岨達也教授らの研究グループによるもの。研究成果は、英科学雑誌「Cell Death & Disease」に同日付けで発表されている。
画像はリリースより
内耳の感覚細胞である有毛細胞は、さまざまな特化された微細構造を持ち、音や加速度といった機械的刺激を生体内の電気信号に変換するという非常に巧妙な機能を担うが、細胞分裂せず一度障害を受けると機能的再生が困難なため、障害の多くは不可逆的だ。このため、有毛細胞においては、細胞の恒常性維持・機能維持が特に重要と考えられる。
オートファジーは細胞内のバルク分解系であり、恒常的に細胞質成分を入れ替えることで細胞内品質管理に貢献している。近年、オートファジーは、さまざまな生命現象や病態との関連が指摘されているが、内耳有毛細胞における役割については全く知られていない。オートファジー関連疾患であるVici症候群は、後生動物に特異的なオートファジーの関連遺伝子であるectopic P granules protein 5 (EPG5)を責任遺伝子とする先天性多臓器疾患であり、その一部の患者に感音難聴を認めるという報告がある。しかし、その詳細なメカニズムは明らかになっていない。
ノックアウトマウス群で有毛細胞の脱落、変性進行を確認
今回の研究では、恒常的オートファジーの機能が、有毛細胞の機能維持に非常に重要な役割を保持している可能性を考え、蝸牛有毛細胞における恒常的オートファジーの生理機能について検討したという。まず、POU domain, class 4, transcription factor 3(Pou4f3)-Creトランスジェニックマウスとfloxed Atg5マウスを用いて、Cre-loxpシステムによって蝸牛有毛細胞にてオートファジーが欠損するコンディショナルノックアウトマウス(Atg5flox/flox;Pou4f3-Creマウス)を作製。このマウスの蝸牛有毛細胞で実際にオートファジーが欠損しているかを確認するため、オートファジー不全によって生じるユビキチン-p62陽性封入体形成を観察した。ノックアウトマウス群とヘテロ対照群において、有毛細胞内の封入体数を比較したところ、ノックアウトマウス群では、5日齢と14日齢のいずれにおいてもヘテロ対照群に比べ封入体数が多かった。また、ノックアウトマウス群における5日齢と14日齢の比較では、14日齢が5日齢に比べて多いという結果だった。その一方、ヘテロ対照群においては、5日齢と14日齢のいずれも、封入体数は少なく、両日齢間で差は認められなかったという。
次に、ノックアウトマウスの聴覚機能を調べるため、14日齢、4週齢、8週齢において、ノックアウトマウス群とヘテロ対照群で、聴性脳幹反応における聴力閾値を比較。14日齢、4週齢、8週齢いずれにおいても、ヘテロ対照群が正常聴力であるのに対し、ノックアウトマウス群は高度難聴を呈したという。また、ノックアウトマウス群とヘテロ対照群で、有毛細胞の組織学的検討を行うと、ノックアウトマウス群は、5日齢では正常形態だったが、14日齢では多くの聴毛の障害および一部の細胞の脱落が認められ、8週齢では多くの有毛細胞の脱落を認め、有毛細胞の変性がさらに進行していたとしている。
これらの結果から、蝸牛有毛細胞において恒常的オートファジー不全を来す Atg5flox/flox;Pou4f3-Creマウスが、有毛細胞障害および先天性の高度難聴を呈することが示され、恒常的オートファジーがマウスの聴覚機能と有毛細胞の形態維持に重要な役割を果たすことが明らかになった。これは世界初の報告であり、今回の研究報告を足がかりとして、オートファジーと聴覚障害の病態形成との関連性について、さらなる研究の進展が期待される、と研究グループは述べている。
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・東京大学医学部付属病院 プレスリリース