がんの個体への悪影響を制御しながら、がんと共存できる手法の開発を目指す
国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は4月6日、乳がんが個体に与える影響のひとつとして、「肝臓の概日リズム遺伝子の発現パターンのかく乱」を発見したと発表した。この研究は、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクトの河岡慎平グループリーダーらと、東京大学、国立循環器病研究センター、統計数理研究所が共同で行ったもの。研究成果は、科学誌「Oncotarget」のオンライン速報版に公開されている。
画像はリリースより
がん研究の進展に伴いさまざまな新しい治療法が確立されつつあるが、全てのがん患者が根治の見込まれる治療を受けられるわけではない。一方で、がんの影響により肝臓が肥大することが知られているがその仕組みはよくわかっていないなど、がんが正常臓器に与える影響は大部分が謎に包まれている。研究グループでは、がんが個体に悪影響を与える仕組みを理解し、これを制御することによりがんと共存する手法の発見を目指して研究を進めているという。
今回研究グループは、マウスに4T1モデルという悪性度の高い「トリプルネガティブ」タイプの乳がんを移植するモデルを用いて実験を実施。このモデルの利点は、がんによる正常臓器への影響を経時的に解析できることだ。乳がんを移植後、転移や明らかな異常が起きる前の段階で、肝臓や肺、腎臓、心臓といった主要臓器における遺伝子発現パターンを網羅的に記録。その結果、肝臓において、Nr1d1という遺伝子の発現に異常が認められたという。
遺伝子発現の概日リズムの乱れが、肝臓に多様な生理的異常を引き起こす
地球上のほぼ全ての生物には、明暗周期に対応した約24時間の概日リズムがあるが、遺伝子によっては、DNAから写し取られるRNAやタンパク質の量そのものに約24時間の周期が存在するものがあり、マウスの肝臓では、1,000以上の遺伝子の発現パターンに概日リズムがあることがわかっている。Nr1d1はさまざまな概日リズム遺伝子のリズムを生み出す「上位の時計遺伝子」だ。
そこで、研究グループは、「乳がんが肝臓の概日リズム遺伝子の発現パターンをかく乱する」という仮説を立て、網羅的遺伝子発現解析と、バイオインフォマティクス、数理モデルを用いてさらなる解析を実施。本来、マウスが明所条件に置かれてから23.9時間後に発現のピークを迎えるOsgin1遺伝子が、乳がんを持つ個体では、遺伝子発現のピークが明所条件に置かれてから2.7時間後になっていたという。また、E2f8遺伝子の発現ピークは、乳がんを持たない個体と持つ個体で実に10.7時間ずれており、発現パターンが昼夜逆転していることがわかった。以上の結果から、乳がんを持つ個体の肝臓では、概日リズム遺伝子の一部の発現パターンが乱れていることが明らかになった。
また、発現が乱れた遺伝子が関連している生理学的反応に着目して、さらに実験を重ねたところ、乳がんが肝臓における酸化ストレスの上昇をもたらすこと、肝細胞のDNA含有量を増加させ細胞のサイズを大きくすること、肝臓を肥大させることが判明したという。
この研究が発展することにより、乳がんが肝臓に与える影響の分子メカニズムが理解され、生体や臓器への影響を制御しながら、がんと共存できるような手法を開発する基盤情報となることが期待されると研究グループは述べている。
▼関連リンク
・国際電気通信基礎技術研究所 (ATR) プレスリリース