有効な治療法のない「感音難聴」
東北大学は4月4日、新規に開発したウイルスによる遺伝子導入法と低侵襲な手術を組み合わせることで、聴力を悪化させずに成体マウスの内有毛細胞に高率に遺伝子を導入する方法を確立したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野の鈴木淳非常勤講師、橋本研大学院生、マサチューセッツ眼科耳鼻科病院(Massachusetts Eye & Ear Infirmary)のM. Charles Liberman教授、Luk H. Vandenberghe助教らのグループによるもの。研究結果は、英科学誌「Scientific Reports」電子版に4月3日付けで掲載されている。
画像はリリースより
騒音性難聴、加齢性難聴、突発性難聴など成人になってから発症する感音難聴には現在でも有効な治療法がなく、新しい治療法の研究開発が求められている。内耳の蝸牛には、音の機械的刺激を受け取り、電気信号に変換して脳に伝える内有毛細胞が存在し、重要な役割を担っている。その障害は、さまざまな感音難聴の原因となるため、ウイルスを用いた遺伝子治療の有望なターゲット細胞とされている。
しかし、基礎研究に用いられるマウスの内耳は極めて小さく、硬い骨に囲まれていることから、内耳を傷つけずにウイルスを投与することは困難だった。また、蝸牛をターゲットとした遺伝子治療のウイルスベクターとして、アデノ随伴ウイルス(AAV)が広く用いられてきた。しかし、このウイルスにはいくつもの型があり、遺伝子を導入できる細胞の種類・効率が異なる。これまで多くのウイルス型が研究に利用されてきたが、蝸牛の構成細胞、特に内有毛細胞に高率に遺伝子を導入することは困難であったという。
感音難聴に対するAAVを用いた遺伝子治療の開発に期待
研究グループは今回、現存するアデノ随伴ウイルスの祖先が持っていたカプシドを持つ特殊なウイルス型を新規に作成。蝸牛障害を起こしにくい後半規管を経由するウイルス投与法と組み合わせることで、低侵襲かつ効率的な遺伝子導入法の確立を目指した。
まず、蛍光タンパク質を発現するように遺伝子改変したウイルス(AAV -EGFP)を後半規管から投与することによって、聴力障害(聴性脳幹反応:ABRの閾値上昇)や蝸牛有毛細胞数の減少をきたさないことを確認。続いて、音響曝露で最も障害を受けやすいとされる蝸牛の内有毛細胞シナプスの数と、シナプス数の変化を反映するとされるABRの第1波の振幅にも変化がないことを確認した。最後に、すべての内有毛細胞で蛍光タンパク質が発現することを確認。これは、聴力の悪化をきたすことなくすべての内有毛細胞に遺伝子導入が可能であることを示しているという。
今回確立した方法により、今まで困難であった成人発症の感音難聴に対する遺伝子治療の効果を、さまざまな疾患モデルマウスを利用して評価できる可能性がある。アデノ随伴ウイルスは既にヒトに対して臨床応用されていることから、今回の研究がこれまで効果的な治療法がなかった感音難聴に対する遺伝子治療の開発に寄与することが期待される。
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