齧歯類の脳の構造や機能にはヒトとは異なる点が多い
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は3月28日、同センター神経研究所が、神経変性疾患の遺伝子改変霊長類モデルを作出し、当該疾患に特徴的な症状や脳病変を再現することに世界で初めて成功したと発表した。同研究成果は、同日発行の米国科学雑誌「eNeuro」に掲載されている。
画像はリリースより
神経変性疾患とは、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症などに代表される一連の疾患で、日本だけでも400万人以上の患者がいると推定されている。これらの疾患では脳や脊髄の中にある神経細胞が徐々に脱落するが、その原因には不明な点が多く、疾患の進行を止める根本的な治療法はいまだ存在しない。
その理由のひとつに、この病気のメカニズムの解明に適した動物モデルが確立していないことが挙げられる。これまで多くの治療研究において用いられてきたラット・マウスなどの齧歯類の脳の構造や機能には、ヒトと異なる点も多く、齧歯類を使った研究で発見された治療薬などがヒトにおいては効果がない事例が多くあったという。
神経変性疾患のさらなる病態解明や根本的な治療法の開発に期待
そこで、NCNPは小型霊長類であるコモンマーモセットに注目。コモンマーモセットはラットと同程度のサイズ(3~400g)の小型霊長類である一方、前頭葉の割合がヒト同様に大きく、高い社会性を有するなど、齧歯類に比べて脳構造や機能がヒトに近似している。さらに、霊長類の中では珍しく多産で、性成熟までの期間や妊娠期間、出産間隔が短いため、短期間で多くのモデル動物を繁殖することが可能だ。日本では、コモンマーモセットを用いた遺伝子改変動物作成技術が世界に先がけて確立されており、同センターではこの技術を応用し、家族性脊髄小脳変性症の遺伝子改変モデルマーモセットおよびその子孫を作出したという。
脊髄小脳変性症は、小脳や脊髄などの神経細胞が変性・脱落して、歩行時のふらつきなどの様々な神経症状が徐々に進行する疾患。患者数は全国で3万人、このうち家族性脊髄小脳変性症の患者数は約1万人と推定されている。今回の研究では、家族性脊髄小脳変性症のうち世界的にも頻度が高く、日本の家族性脊髄小脳変性症のうち約30%を占めるマシャド・ジョセフ病をターゲットとして、ヒト患者と同様の変異を持つ疾患原因遺伝子を合成し、マーモセット受精卵へ遺伝子導入を行った。その結果、得られた7頭の産仔すべてにおいて変異遺伝子の導入を確認。このうち3頭において発症が確認され、疾患に特徴的な症状や脳の病変が認められた。さらに発症個体から5頭の産仔が得られ、全ての産仔において変異遺伝子の導入が確認されたことから、当該モデルの系統樹立に成功したという。
このモデルマーモセットを用いることで、今後、NCNPおよび世界中の研究機関において脊髄小脳変性症をはじめとする神経変性疾患のさらなる病態解明や根本的な治療法の開発が進むことが期待される。
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・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース