それぞれの記憶に対応する記憶痕跡細胞集団の重複が果たす役割を解明
富山大学は1月23日、個別に形成された記憶同士が繰り返し同時に思い出されるような場合に、脳内のある特定の神経細胞集団がそれぞれの記憶同士を結びつけていることを、マウスで初めて明らかにしたと発表した。この研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の一環として、同大学大学院医学薬学研究部(医学)生化学講座の井ノ口馨教授らの研究グループが行ったもの。研究成果は「Science」オンライン版に1月27日付けで掲載されている。
画像はリリースより
知識や概念の形成は、異なる経験を通して獲得した記憶を既存の記憶に付け加えていく作業と考えられており、脳内では個々の記憶同士が相互作用し合って記憶間で新たな連合を生じ、既存の記憶が更新される。近年、個々の記憶は、その経験時に活動した特定の記憶痕跡細胞集団として脳内に蓄えられ、それらの記憶同士が連合する際には、それぞれの記憶に対応する記憶痕跡細胞集団の間で、重複して活動する細胞の割合が増加することが報告されている。しかし、その重複細胞集団自体の機能的な役割は明らかにされていなかった。
記憶同士を関連づける仕組みを利用してPTSD治療へ応用も
同研究グループはマウスを用いて、異なる記憶同士の連合学習系として味覚嫌悪学習(CTA)と音恐怖条件付け(AFC)を組み合わせた新たな行動実験系を確立し、それぞれの記憶が関連づけられる仕組みを調査。CTAはサッカリン水溶液と塩化リチウムによる内臓倦怠感、AFCはブザー音と電気ショックに対するすくみ反応がそれぞれ関連付けされる学習だ。それぞれの条件刺激であるCTAではサッカリン水溶液、AFCではブザー音を連続して与えて同時に想起させると、本来別々に得られたCTA記憶とAFC記憶が関連づけられたという。
両記憶を同時に想起させたマウスは、サッカリン水溶液を飲むと、ブザー音を聞いた時のようにフリージング(すくみ)反応を示すようになり、CTA記憶とAFC記憶を司る扁桃体では、各記憶に対応した記憶痕跡細胞集団の重なりが増えた。さらに、記憶を思い出した時に、重複した記憶痕跡細胞集団の活動のみを実験的に抑制すると、2つの連合記憶同士が連合する割合が低減。一方で、CTAおよびAFCそれぞれの記憶、すなわちオリジナルの記憶の想起は正常のままだったという。これにより、重複した記憶痕跡細胞集団は記憶の連合のみに関与し、それぞれの記憶の想起には必要でないことが明らかとなった。
PTSDをはじめとする精神疾患や記憶錯誤などの記憶障害においては、過去に経験した既存の記憶と新たに経験する情報との正常な関連づけが行われず、関連性の弱い記憶同士を結びつけてしまうことで事態を悪化させることがある。今回の研究結果から、重複した記憶痕跡細胞集団の神経活動を抑制することで、それぞれの記憶に影響を与えることなく両記憶を切り離すことも可能と考えられ、将来的にはPTSD治療への応用も視野に入ってくると、同研究グループは述べている。
▼関連リンク
・富山大学 ニュース