H3t遺伝子は精子を作るためだけに特化したヒストンタンパク質をコード
九州大学は1月18日、精子幹細胞は分裂するが分化に異常が生じて結果的に無精子症になるメカニズムを明らかにしたと発表した。この研究は、九州大学の原田哲仁助教、中部大学の上田潤助教、近畿大学の山縣一夫准教授らの研究グループによるもの。研究成果は米学術誌「Cell Reports」オンライン速報版に1月17日付で掲載されている。
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ヒトを含むすべての真核生物のゲノムDNAは、ヒストンと呼ばれるタンパク質によって巻かれて、直径10マイクロメートルほどの微小な細胞核内空間に収納されている。ヒストンタンパク質はH3、H4、H2A、H2Bの4種類のコアヒストンが8量体を形成し、その周りをDNAが約2回転することでヌクレオソームと呼ばれる構造を形成している。ヌクレオソームは、すべての真核生物に共通するクロマチンの基本的構成単位で、エピジェネティクスにも深く関わっている。近年、ヒストンタンパク質に異型種(バリアント)が存在し、各々が独自の機能や組織特異性を持っていることが明らかとなってきた。
精巣にのみ発現するヒトのH3T遺伝子は約20年前に発見されており、2010年に早稲田大学の胡桃坂仁志教授のグループによって立体構造と生化学的性質が解明された。しかし、H3T遺伝子の生体内での機能は長らく不明のままだった。その理由は、ゲノムプロジェクトが2002年に完了していたにもかかわらず、ヒトのH3Tに相当する遺伝子がマウスで見付かっていなかったからであり、このような中、2015年に九州大学の大川恭行教授のグループによって新規のヒストン遺伝子のバリアントが多数発見され、偽遺伝子だと考えられていたもののひとつがH3t遺伝子であることが明らかとなった。
研究グループは今回、H3t遺伝子がタンパク質をコードし、精子幹細胞が分化するとH3tが発現し、精子を作るのに必要不可欠であることを明らかにした。しかし、成熟した精子からはH3tタンパク質が消えていた。このことから、H3t遺伝子は精子を作るためだけに特化したヒストンタンパク質をコードしていると考えられるとしている。
H3T遺伝子やタンパク質の発現量を利用した男性不妊症の診断ツール開発に期待
今回マウスで発見した精子幹細胞の機能の分子メカニズムがそのままヒトに応用できるかについてはさらなる検討が必要だが、H3t遺伝子欠損が男性不妊症としては極めて重篤な無精子症となることから、研究結果がこういった症例に対して科学的な知見を少なからず与えていると考えられる。今後は、この研究を発展させることで、H3T遺伝子やタンパク質の発現量を利用した男性不妊症の診断ツールの開発や男性不妊症の原因解明につながることが期待されるとしている。
さらに、ヒストンタンパク質はさまざまな翻訳後修飾を受けて、エピジェネティクスに深く関わることが知られているが、翻訳後修飾酵素の基質であると考えられてきたヒストンタンパク質にも多様性があり、ある特定の細胞種への分化に必須の役割を果たしているという事実は、エピジェネティクスの階層性を考える上で今後重要な概念になってくるものと考えられると、研究グループは述べている。
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・九州大学 プレスリリース