エネルギー消費の抑制と摂食促進の発現に至る脳の仕組み
名古屋大学は1月6日、飢餓を生き延びるために機能する脳の神経回路で鍵となる仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科 統合生理学の中村佳子助教と中村和弘教授の研究グループが、群馬大学、オレゴン健康科学大学と共同で行ったもの。研究成果は、国際科学誌「Cell Metabolism」電子版に1月5日付けで掲載されている。
画像はリリースより
哺乳類では、空腹や飢餓になると、熱の産生などエネルギー消費を減らす反応が生じ、食物を摂取するための行動が促進される。これら「飢餓反応」は、空腹であることを脳の視床下部が感知し、その際に放出される「ニューロペプチドY」と呼ばれる神経ペプチドが視床下部の一部に作用することが引き金となって生じる。
しかし、視床下部の飢餓信号からエネルギー消費の抑制と摂食促進という飢餓反応の発現に至る神経回路メカニズムはこれまで明らかでなかった。特に、「熱の産生(体温調節)」と「摂食」は、それぞれ交感神経系と運動神経系という独立した神経系によって調節されていることから、それらを脳がどのように、統合的に調節して飢餓反応を引き起こすのかは長年の謎であった。
網様体の神経細胞群が「節約」と「摂取」を同時に駆動
研究グループは、ラットとマウスを使って、交感神経系を通じた褐色脂肪組織での熱産生を調節する脳内の神経細胞群を探索する中から、新規の神経細胞群を延髄の網様体で発見。この神経細胞群は、視床下部のニューロペプチドYによる飢餓信号を受けると活性化され、神経伝達物質「γ-アミノ酪酸(GABA)」を用いて神経伝達を行う特徴(GABA作動性)を持っていたという。
そこで、DREADD技術という手法を用いて、この網様体のGABA作動性神経細胞群だけを活性化したところ、交感神経系が抑制され、褐色脂肪組織での熱産生が強く抑制された。さらにこの網様体の神経細胞群が働かなくなると、視床下部にニューロペプチドYが作用しても熱産生は抑制されなくなったという。これらの実験結果は、網様体のGABA作動性神経細胞群が視床下部からの飢餓信号によって活性化され、交感神経系を抑制することによって熱産生(エネルギー消費)を抑制する働きがあることを示しているという。
また同研究グループは、この網様体のGABA作動性神経細胞群が、熱産生を調節する交感神経系だけでなく、咀嚼を駆動する運動神経系にも信号を送ることを見いだした。網様体の神経細胞群を刺激すると、褐色脂肪組織での熱産生を抑制(エネルギー節約)するとともに、咀嚼運動が引き起こされ、摂食量が増加(エネルギー摂取)したとしている。また一部のラットでは、唾液分泌も促進されたという。
今回発見された網様体の神経細胞群は、視床下部からの飢餓信号に応じて、エネルギーの「節約」と「摂取」の両方の飢餓反応を同時に駆動することから、飢餓を生き延びる仕組みで重要な役割を担うことが明らかとなった。同研究成果は、過度のダイエットや拒食で生じる低体温症や、飢餓反応の異常亢進による肥満症などの発症メカニズムの解明と治療法の開発に有用であると期待される。
▼関連リンク
・名古屋大学 プレスリリース