「ふつうの生活を送りたい」患者の気持ちに寄り添う医療を
多発性硬化症(MS)は中枢神経系の脱髄疾患のひとつで、視力障害、運動障害、感覚障害など様々な神経症状を呈する。急性期にはステロイド剤による治療が行われるが、患者の自覚症状がない小さな再発があっていつの間にか病巣が増えることも。患者自身が体調の変化を感じて受診するまで治療せず経過観察していては、進行を抑制できないおそれがあるという。再発・進行を抑制する薬剤が登場してからは、薬物治療によって再発を予防することで、進行の抑制を期待できるようになった。そのため、発症早期に診断し、再発予防の治療を始めることが長期予後改善のために重要とされている。
医療法人セレス理事長・さっぽろ神経内科病院院長
深澤俊行氏
バイオジェン・ジャパン株式会社は12月2日、メディア勉強会を開催。「多発性硬化症診療の変遷と患者さんが抱える課題」と題し、医療法人セレス理事長でさっぽろ神経内科病院院長の深澤俊行氏が講演した。
深澤氏によると、必ずしも患者のすべてが適切な時期に治療のスタートラインに立てるとは限らないという。深澤氏の病院を受診する患者のなかには、指先のしびれや視力低下、構音障害、歩行障害などの自覚症状から、整形外科や脳神経外科を受診したものの、「異常なし」と帰された、あるいは「脳梗塞」など他疾患と診断されたことがあるという例も多いとか。さらに深澤氏は、MSと診断されたものの、適切な医療を適切なタイミングで受け続けられるとは限らない、とも。再発予防の治療が行われずに進行してしまう例や、MS疑いと告げられたまま過ごし、不安に苛まれて同氏の病院を受診した例も同氏は経験しているという。
20~30歳代で発症し女性が多いというMS患者。仕事、結婚、出産など、「人生これから」の人たちが難病にかかることの意味を考えてほしいと深澤氏は訴えた。「患者はふつうの生活を送りたいとの思いから通院・治療を続けている。病気のコントロールを治療の目的とするのではなく、患者の気持ちを大切にした医療を提供してほしい」(深澤氏)。さらに同氏は、疾患修飾薬(DMD)が登場したことでMS=軽症のイメージが広まっている懸念があると述べ、すでに重症化してしまった患者がいることを忘れてはならない、重症患者への関心が薄れつつあるのではないか、と警鐘を鳴らした。
日本のMS患者数は約2万人で増加傾向、若年・女性に好発
MSは新薬も登場し、治療の選択肢が広がってきているものの、症状が多岐にわたるため診断が難しく、なお課題は多い。2014年度の特定疾患医療受給者証交付件数によると、日本のMS患者数は約2万人で増加傾向。MSは中枢神経を自己免疫が攻撃することで脱髄が起こるが、まとまって脱髄の起こった脱髄斑の生じた位置によって多様な症状を呈する。臨床症状としては、情動障害、健忘、記銘力低下、理解力低下、片麻痺、複視、顔面神経麻痺、顔面感覚障害、三叉神経痛、構音障害、嚥下障害、呼吸障害、吃逆、視力低下、視野障害、運動失調、企図振戦、対麻痺、感覚障害、膀胱直腸障害などが挙げられ、これらの組み合わせも多様である。発症後は再発を繰り返した後、進行性の経過を辿る。男女比は1:3.3と女性が多く、20~30歳代に好発する。