アストロサイトが神経幹細胞に似た性質を獲得することに着目
神戸大学は11月29日、脳内の神経細胞(ニューロン)の周りに存在する細胞「アストロサイト」が、損傷を受けた脳組織の修復に働く仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大学医学研究科細胞生理学分野の遠藤光晴講師と南康博教授らの研究グループによるもの。研究成果は「GLIA」の2017年1月号に掲載されるのに先立ち、オンライン版で公表されている。
画像はリリースより
アストロサイトは、グリア細胞の一種で、ヒトの大脳皮質においては最も数が多い細胞だが、近年、損傷を受けた脳組織の修復にアストロサイトが重要な働きを持つことが明らかになってきている。損傷部周囲では、アストロサイトが増殖して数を増やし、損傷部でダメージを受けた神経細胞、アストロサイト自身や損傷部に進入した炎症細胞などを取り囲むことで、炎症の拡大を最小限にとどめていることが示されていた。しかし、正常な脳内で増殖を停止しているアストロサイトが、どのようにして損傷に応答して増殖を開始するかについての仕組みは不明のままだった。
研究グループは、損傷部周囲で増殖を開始するアストロサイトが神経幹細胞に似た性質を獲得することに着目。発生過程の大脳皮質の神経幹細胞で高発現している受容体型チロシンキナーゼ「Ror2」と呼ばれる細胞表面タンパク質は、通常、成体の脳内においてはRor2遺伝子がスイッチ・オフの状態であり発現がほとんど認められないが、今回、成体の大脳皮質においても脳の損傷に伴って、損傷部周囲のアストロサイトの一部で再びRor2遺伝子がスイッチ・オンとなり、Ror2が発現することを見いだした。
頭部外傷、脳梗塞による脳損傷時の新しい治療法に期待
Ror2は神経幹細胞の増殖制御に働く重要な細胞表面タンパク質であり、Ror2が損傷部周囲のアストロサイトの増殖制御に働くことが推測された。そこで、アストロサイトにおいてRor2遺伝子が発現しないようにしたアストロサイト特異的Ror2遺伝子改変マウスを作製して解析を行ったところ、この遺伝子改変マウスでは、損傷後に増殖するアストロサイトの数が顕著に減少し、損傷部周囲のアストロサイトの密度が低下することが明らかになった。
研究グループはさらに、培養アストロサイトを用いて、Ror2遺伝子がスイッチ・オンとなる仕組みを解析し、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)が、Ror2遺伝子のスイッチをオンとする働きを持つことも解明した。bFGFの信号を受けたアストロサイトの一部の集団ではRor2が発現するようになり、この細胞集団が主に増殖を開始することがわかったとしている。
今後、研究グループでは、加齢に伴って、Ror2を細胞表面に発現することができるアストロサイト(集団)が減少し、そのため認知症が進むという可能性も含めて、これらの異なる細胞集団を作り出す仕組みの解明を目指す。アストロサイトの増殖を人為的にコントロールすることで、将来的には、頭部外傷や脳梗塞などによる脳損傷時に神経組織が受けるダメージを最小限に食い止め、再生を促すための新たな治療法の確立にもつながることが期待されると、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・神戸大学 研究ニュース