抗がん剤投与により、神経障害の悪化を来しやすいCMT患者
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は11月28日、シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)患者から作製したiPS細胞由来神経細胞で、ミトコンドリアの形態および機能異常を有することを示す研究結果を発表した。さらに、CMT患者iPS細胞由来神経細胞を用いることにより、薬剤投与により生じた神経突起内のミトコンドリア異常凝集が、薬の副作用を評価する指標のひとつとなることを明らかにしたという。
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この研究は、CiRAの大原亮元研究員(現・京都府立医科大学)と、CiRA増殖分化機構研究部門の今村恵子特定拠点助教および井上治久教授らの研究グループが、京都府立医科大学の研究グループらと共同で行ったもの。この研究成果は、米科学誌「Clinical Pharmacology & Therapeutics」オンライン版に11月9日付で掲載されている。
CMTは、最も頻度の高い遺伝性末梢神経疾患。その一部はミトコンドリアの融合や移動に関わるMFN2というタンパク質をつくるMFN2遺伝子の変異によって起こると言われている。また、CMT患者に抗がん剤を投与すると、副作用により、神経障害の悪化を来しやすいことが知られていた。
iPS細胞を用いた毒性評価系の構築に期待
研究グループは、MFN2遺伝子に変異をもつ2名のCMT患者の末梢血細胞からiPS細胞を作製し、iPS細胞から神経細胞へと分化させた。その結果、CMT患者iPS細胞由来神経細胞では、健康な人と比較してMFN2タンパク質が増加しており、MFN2遺伝子の変異によりMFN2タンパク質の生化学的特性が変化していることが示唆されたという。 MFN2タンパク質は、ミトコンドリア融合に役割を果たすことが知られており、CMT患者の腓腹神経細胞の軸索中に、健康な人のものより小さく丸い、異常なミトコンドリアが凝集していたことが報告されている。そこで、CMT患者由来神経細胞のミトコンドリアを電子顕微鏡で観察すると、健康な人と比較して、ミトコンドリアが小さく異常な形態を示していることが判明したとしている。
ミトコンドリアは神経細胞において、軸索の中を移動し、エネルギーを必要とする場所でATPを供給することが知られている。そこで、患者iPS細胞由来神経細胞のミトコンドリアの動きを調べるため、蛍光色素でミトコンドリアを標識し、ミトコンドリアの神経突起内の動きを解析。すると、CMT患者iPS細胞由来神経細胞では、健康な人に比べて移動しているミトコンドリアの数が減少していることがわかった。さらに、研究グループは神経突起内のミトコンドリア数を独自のシステムで検証したところ、CMT患者由来神経細胞では神経突起内のミトコンドリアの数が少なくなっていることが判明し、神経突起内のATPレベルも低く、ミトコンドリアが機能不全に陥っていることが示唆されたとしている。
また、CMT患者で抗がん剤に対する感受性が高い理由を調べるため、研究グループは、2種類の抗がん剤(ビングリスチン・パクリタキセル)をCMT患者iPS細胞由来神経細胞に曝露させた。その結果、ビンクリスチンの長時間曝露では、CMT患者iPS細胞由来神経細胞と健康な人のiPS細胞由来神経細胞の両方で、神経突起内のミトコンドリアの凝集が生じたが、短時間曝露では、健康な人のiPS細胞由来神経細胞に比べ、CMT患者iPS細胞由来神経細胞の突起で有意に多くの異常なミトコンドリアの凝集が観察されたという。さらに、パクリタキセルでも同様に、CMT患者iPS細胞由来神経細胞の神経突起内でミトコンドリアの凝集を確認。この結果より、CMT患者iPS細胞由来神経細胞と健康な人の由来神経細胞では、薬剤毒性への感受性が異なり、神経突起内のミトコンドリアの異常凝集という特徴が、薬の神経毒性を評価する指標のひとつとなり、この細胞モデルが新たな神経毒性評価系として有用であることが示唆されたとしている。
薬による神経毒性は、軸索障害と細胞体障害、髄鞘障害に分けられ、異なるメカニズムによって発生する。今回の研究の神経毒性評価系は、薬剤性軸索障害のモデルであるため、今後は細胞体障害や髄鞘障害といった他のタイプの神経毒性においても、iPS細胞を用いた毒性評価系の構築が期待される。今後、CMT患者iPS細胞由来神経細胞の神経突起内のミトコンドリア異常凝集などが、薬剤の探索の指標になると考えられる、と研究グループは述べている。
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