ヒトを含めた哺乳類で確立されておらず
理化学研究所は8月30日、陽電子放射断層画像法(PET)を用いて、ラットにおける「神経新生」の生体イメージングに成功したと発表した。この研究は、理研ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能評価研究チームの田村泰久上級研究員、片岡洋祐チームリーダーと健康・病態科学研究チームの高橋佳代上級研究員、渡邊恭良チームリーダーらの共同研究チームによるもの。研究成果は、米国の科学雑誌「The Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載された。
画像はリリースより
神経細胞のもととなる神経幹細胞が神経細胞へと分化することを神経新生と呼ぶが、ヒトを含めた哺乳類の場合、この神経新生は主に胎生期から幼年期に見られる。一方、成体の脳には神経幹細胞は存在せず、新たな神経細胞は産生(再生)されないと考えられてきた。しかし近年の研究で、成体でも脳の限られた領域(側脳室周囲-嗅球および海馬)でのみ、神経新生が一生涯にわたって起こることが明らかになった。
中でも、海馬は記憶・学習に重要な領域のひとつであるため、うつ病やアルツハイマー型認知症などの精神・神経疾患において、海馬での神経新生が低下する一方、抗うつ薬の投与により回復することが知られている。よって、生きた個体でこの神経新生を生体イメージングすることができれば、記憶・学習などの脳機能を客観的に評価でき、さらにうつ病などの診断にも利用できる可能性がある。しかし、これまでヒトを含めた哺乳類での神経新生の定量的な生体イメージング法は確立されていなかった。
うつ病診断や抗うつ薬の治療効果判定の指標へ
今回、共同研究チームは、神経新生を検出するためのPETプローブである「[18F]FLT(フルオロチミジン)」と、[18F]FLTを脳内に効率よく到達させるための薬剤「プロベネシド」を併用することにより、定量性に優れた神経新生の生体イメージング法を開発した。この手法を用いて、正常ラットとうつ病モデルラットの海馬での神経新生の変化を測定した。
その結果、うつ病モデルラットでは、海馬への[18F]FLT集積が低下していることがわかった。さらに、うつ病モデルラットに抗うつ薬のSSRIを投与したところ、海馬への[18F]FLTの集積が正常レベルまで回復することが明らかになった。
これは、今回の研究で確立したPET撮像法が、生きた個体における神経新生の変化を定量的に検出できる生体イメージング法であることを示しており、今後、ヒトでの神経新生の生体イメージング法の確立が期待できる。例えば、ヒトの海馬での神経新生をPET診断することで、記憶・学習などの脳機能を間接的に計測できる可能性がある。
これにより、記憶・学習に効果があるとされる健康食品やサプリメントなどの効果を、客観的にヒトで評価するなどの応用が考えられる。また、うつ病診断や抗うつ薬の治療効果判定のひとつの指標として、今回のPET撮像法を画像診断に用いることが期待できると、共同研究グループは述べている。
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