BSL3レベルの施設必要、スクリーニング容易ではなく
日本医療研究開発機構(AMED)は8月23日、中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス感染を阻害する薬物を同定したと発表した。この研究は、東京大学医科学研究所ウイルス病態制御分野の川口寧教授、分子発癌分野の井上純一郎教授、アジア感染症研究拠点の松田善衛特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、米国の「Antimicrobial Agents and Chemotherapy」に8月22日付けで掲載されている。
画像はリリースより
MERSは2012年に報告された重症呼吸器感染症であり、特異的な症状を欠くため初期の確定診断が容易ではなく、基礎疾患を持つ個人おいて40%に上る致死率を持つとされている。2015年の韓国での流行に見られるように、日本でもその流行の可能性があり、対応が求められている新興ウイルス感染症だ。原因はMERSコロナウイルスの感染だが、現在このウイルスに対する有効なワクチンや薬剤は開発されていない。
MERSコロナウイルスは、脂質二重膜とS蛋白質で構成される外膜を持つウイルスであり、S蛋白質を介した外膜と細胞膜との膜融合によって宿主細胞に侵入し感染を開始する。このウイルスの取り扱いにはBSL3レベルの施設が要求され、感染性を持つ生ウイルスを用いた有効薬剤のスクリーニングは容易ではない。
従来の融合阻害剤に比べ、約100分の1の低濃度で膜融合を阻害
今回、研究グループは生ウイルスを用いることなく安全、簡便かつ定量的にS蛋白質による膜融合を評価できるハイスループット測定系を開発。使用した測定系は、東大医科研アジア感染症研究拠点北京拠点で開発されたデュアルスプリットプロテイン(DSP)と呼ばれる分割レポーター蛋白質を用いたもので、S蛋白質または宿主受容体を発現する293FT由来の細胞株を各々樹立し、それらを共培養してS蛋白質による細胞間膜融合を惹起し、その程度をDSPに由来するルシフェラーゼ活性で評価するもの。この測定系を384 wellプレートを用いたハイスループットスクリーニング測定系として至適化し、多数の候補薬剤のスクリーニングを可能とした。
この測定系を用いてドラッグリプロファイリングを目的にすでに臨床適用されている薬剤を対象にスクリーニングを実施した結果、セリンプロテアーゼ阻害剤であるnafamostatが従来発表されている融合阻害剤に比べて約100分の1の低濃度で膜融合を阻害することを発見。また、国立感染症研究所ウイルス第3部の竹田誠部長、松山州徳室長らとの共同研究により、実際にnafamostatがMERSコロナウイルスの細胞への感染を低濃度で阻害することも確認したとしている。
今回発見されたnafamostatは、他疾患での臨床使用が認められている薬剤であることから、その派生化合物の解析などを含めて、研究成果は100分の1の治療法開発に大きく貢献すると期待されると、研究グループは述べている。
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・日本医療研究開発機構 プレスリリース