炎症性疾患治療で副作用による有害事象が課題
慶應義塾大学は8月1日、生体内物質ラクトフェリンによる炎症制御メカニズムの解明に成功したと発表した。この研究は、同大学医学部総合診療科の平橋淳一専任講師らの研究グループが、東京大学大学院薬学系研究科の浦野泰照教授、共立女子大学、ハーバード大学、NRLファーマ株式会社と共同で行ったもの。研究成果は「EBioMedicine」オンラインに7月14日付けで掲載された。
生体防御機構において、好中球は炎症の急性期に中心的な役割を果たす白血球細胞で全体の約2分の1から3分の2を占める。2004年、好中球細胞外トラップNeutrophil Extracellular Traps(NETs)というこれまでの概念を塗り替える新しい現象が報告された。NETsは、好中球が特定の刺激に反応して細胞外へ放出する核成分から成る網目状構造物であり、その強い殺菌作用は感染防御機構として重要とされている。
一方で、NETsが過剰に産生されたり、うまく分解されないなどの制御不全が起こると、さまざまな炎症性疾患、自己免疫疾患、血栓性疾患につながることが相次いで報告された。また、糖尿病患者の傷が治りにくい原因にもNETsが関与していることがわかっている。
炎症性疾患の治療には主としてステロイドや免疫抑制薬などの薬剤が用いられてきたが、その副作用による有害事象は大きな課題となっており、代替できる治療法の開発が待ち望まれている。このような背景から、NETsの放出を適切に制御することは、さまざまな炎症性疾患や病態に対する新たな治療戦略として注目されている。
製剤化へ向け、生体内で安定して作用するペプチド作成に着手
研究グループは、自己免疫性血管炎マウスモデルの生存を延長する生体内物質を探索する実験を行う過程で、生体内に存在する多機能性蛋白であるラクトフェリンがマウスの生存を延長することを見出した。ラクトフェリンは、母乳、涙、汗、唾液などの生体の外分泌液中および好中球細胞質に含まれるタンパク質。
さらに研究グループは、ラクトフェリンがどのように自己免疫疾患を制御するのか、そのメカニズムを探索するため、自己免疫疾患の主役である白血球の機能のひとつであるNETs産生への効果に注目。浦野教授の研究室で開発された、活性酸素に対する特異的蛍光プローブによる生細胞リアルタイムイメージングシステムを用いて好中球を生きたまま観察したところ、ラクトフェリンは核成分からなるNETsを放出する直前に凝集することがわかった。また、ハーバード大学との共同研究により、生体の血管内でもラクトフェリンがNETs放出を抑制することを発見。さらにその作用メカニズムとして、ラクトフェリンの持つ豊富なプラス電荷が必須であることを証明したとしている。
これらの研究成果により、ラクトフェリンがNETsに関連するさまざまな炎症性疾患に対する新たな治療薬となる可能性が示唆された。ラクトフェリンは、初乳1kgに約6~8gと豊富に含まれ、病原体に対して無防備な乳児を守る免疫の要と考えられている。すでにサプリメントとしても市場に流通しているが、疾患治療薬として製剤化するには、生体に投与された薬剤が安定して薬理活性をもつようにすることが課題のひとつとされている。研究チームはすでに、製剤化へ向けて生体内で安定して作用するペプチドの作成に着手していると述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース