上皮間葉移行状態に基づき個別化治療の可能性
金沢大学は5月26日、がん進展制御研究所腫瘍内科研究分野の衣斐寛倫准教授と矢野聖二教授らのグループが、KRAS変異を有する肺がんに対し、上皮間葉移行と呼ばれる細胞の状態に基づいた個別化治療の可能性を世界で初めて報告したと発表した。研究成果は、米国がん学会発行の「Cancer Discovery」オンライン版に5月6日付けで掲載されている。
画像はリリースより
肺がんは国内においてがん死亡の第1位だが、そのうちKRAS遺伝子の異常は5%程度に認められる。KRAS遺伝子異常を有する肺がんに対する有効な標的治療法はこれまで明らかにされていない。異常KRASタンパクは多数の下流タンパクを活性化し細胞の増殖に関わるシグナルを伝達するが、このうちMAPKシグナルと呼ばれるシグナル伝達系が、がん細胞の生存・増殖に大きな役割を果たしていると考えられている。しかし、MAPKシグナルを抑制するMEK阻害薬を用いた臨床試験では十分な効果が認められなかった。
研究グループは、まずMEK阻害薬投与後の細胞内のシグナル伝達系について解析を実施。その結果、MEK阻害薬は一時的にMAPKシグナルを抑制する一方で、フィードバック機構と呼ばれる、本来は生体内のシグナルを一定に保つための機構を誘導することで、MAPKシグナルの再活性化をもたらすことを示した。
細胞表面受容体阻害薬とMEK阻害薬の併用療法に有効性
さらに、フィードバック機構は細胞表面の受容体の活性化により引き起こされていたが、関与する受容体は上皮間葉移行と呼ばれる細胞の状態により異なっており、上皮系マーカー陽性の腫瘍ではERBB3、間葉系マーカー陽性の腫瘍ではFGFR1によりMAPKシグナルの再活性化が行われることを見出した。それぞれの細胞表面受容体阻害薬とMEK阻害薬の併用療法は、細胞株を用いたスクリーニングで有効性が示され、マウスモデルでも腫瘍の縮小をもたらすことを初めて明らかにした。
この研究により、現在、有効な治療法のないKRAS変異肺がんに対して、腫瘍の上皮間葉移行状態にもとづき、個別化したMEK阻害薬を用いた併用療法を行うことが新たな治療につながる可能性が示された。
腫瘍の上皮間葉移行状態については、細胞に発現するタンパクであるビメンチンおよびE-カドヘリンの免疫染色により判別が可能としている。また、MEK阻害薬、ERBB3阻害薬、FGFR阻害薬については、複数の製薬企業により開発が行われており、各薬剤の効果・安全性が評価されている。将来的には、KRAS変異肺がんを上皮系、間葉系に分類し、それぞれに対する併用療法を行うことが期待される。
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