患者体内の腫瘍と同様な性質を持つ“腫瘍細胞バンク”を確立
慶應義塾大学は5月20日、同大学医学部内科学(消化器)教室の佐藤俊朗准教授らの研究グループが、55種類のヒトの大腸腫瘍を培養皿で増殖させることに成功し、患者体内の腫瘍と同様な性質を持つ“腫瘍細胞バンク”を確立したと発表した。同研究成果は、米科学誌「Cell Stem Cell」オンライン版に5月19日付けで掲載されている。
画像はリリースより
大腸がんの治療薬開発では、これまで体外での培養が容易な「がん細胞株」を利用した研究手法が用いられてきたが、患者の腫瘍の性質とは大きく異なることから、がん細胞株で開発した薬剤の多くは臨床応用ができず、開発効率の低さが大きな問題となっていた。
研究グループは、2009年に世界で初めてマウスの小腸幹細胞から「オルガノイド」と呼ばれる生体内の組織に似た構造を体外で形成させる技術を開発。この研究を発展させ、2011年にはヒトの大腸幹細胞の培養に成功し、ヒトの正常な大腸幹細胞の増殖には特定の増殖因子が必要であることを明らかにしていた。しかし、この成果を大腸がんの創薬に役立てるには、あらゆる患者のさまざまな大腸腫瘍を体外で培養する技術の開発が必要だった。
培養皿の中で治療薬の効果を予測することが可能に
今回、同研究グループは、東京大学医学部腫瘍外科研究グループと共同で、患者から採取した腫瘍組織を6種類の異なる増殖因子の組み合わせで培養。ほぼ全ての種類の大腸腫瘍をオルガノイドとして効率的に長期間培養できることを突き止めた。
この新しい培養技術を用いて、55種類のさまざまな大腸腫瘍オルガノイドを樹立。この大腸腫瘍オルガノイドは、患者体内の腫瘍と同様な遺伝子発現パターンや組織構造を再現することができるという。さらに、正常な大腸の上皮細胞は6種類の増殖因子全てを必要とするが、腫瘍化とともに増殖因子がなくても育つ能力を獲得することが示されたという。このことから、増殖因子が豊富な、本来あるべき環境でのみ生育できる正常細胞とは異なり、腫瘍細胞は転移先などの増殖因子が乏しい環境でも頑強に成長できることが裏付けられたとしている。
その一方で、ほとんどの大腸腫瘍は完全に増殖因子に頼らずに生育できるわけではなく、正常細胞と同様にある程度の増殖因子が必要であることも判明。このような部分的な増殖因子の依存性により、従来の培養法では樹立が困難であったと考えられるという。また、培養細胞はマウスへの移植により、元々の患者体内でみられた組織構造や転移能などを再現することも実証したという。
これらの成果によって、患者に薬を投与する前に培養皿の中やマウス研究によって治療薬の効果を予測することが可能となった。患者の腫瘍を生きたまま解析することができる今回の成果について研究グループは、腫瘍の遺伝子変異と臨床像のつながりを調べる次世代研究に広く展開することで、転移メカニズムや抗がん剤が効かない薬剤耐性などを克服する新たな創薬への応用が期待されるとしている。
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