薬理実験により睡眠時間とカルシウムイオンの関連性を明らかに
東京大学は3月18日、神経細胞のコンピュータシミュレーションと動物実験を組み合わせた研究により、睡眠・覚醒の制御にカルシウムイオンが重要な役割を果たしていることを明らかにしたと発表した。この研究成果は、同大大学院医学系研究科機能生物学専攻の上田泰己教授ら研究グループによるもの。「Neuron」オンライン版に3月17日付けで掲載されている。
画像はリリースより
ヒトをはじめとする哺乳類の睡眠時間・覚醒時間は一定に保たれていることが知られているが、その本質的メカニズムはよくわかっていない。しかし、不眠や過眠などの睡眠障害は現代社会における重大な疾患の1つで、精神疾患や神経変性疾患の重要な合併症でもあり、睡眠障害に対する診断法、治療法の開発には、睡眠覚醒のメカニズムを理解することが必要不可欠と言われてきた。
睡眠を制御する因子は 主にハエを用いたフォワードジェネティクスによる探索で、体内時計に関係した遺伝子を中心に複数特定されてきたが、体内時計とは別の睡眠時間を直接制御している遺伝子は未解明のままだった。
睡眠障害や精神疾患の機序解明につながるか
研究グループは、これまでに特定の遺伝子を改変し、生命現象がどのように変化するか観察することで遺伝子機能を解析するリバースジェネティクスに注目。この手法を迅速に行うために、高速に遺伝子改変動物を作製することができる技術「トリプルCRISPR法」を開発し、さらに、高速に睡眠表現型を解析することができる手法「SSS」を開発している。研究グループは今回、コンピュータシミュレーションを用いた睡眠時間制御因子の絞り込みを行い、この予測を実証するため、カルシウムイオン依存的な過分極経路に含まれる遺伝子をマウスのゲノム情報をもとにすべて同定。トリプルCRISPR法によりそれぞれのノックアウトマウスを作製し、SSS法を用いて睡眠の測定を行った。
その結果、Cacna1g, Cacna1h(電位依存性カルシウムチャネル)、Kcnn2, Kcnn3 (カルシウム依存性カリウムチャネル)、Camk2a, Camk2b (カルシウムイオン・カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ II)ノックアウトマウスが顕著な睡眠時間の減少を示す一方で、Atp2b3 (カルシウムポンプ)ノックアウトマウスは顕著な睡眠時間の増加を示し、これらの遺伝子が睡眠時間制御因子であることが明らかになったという。また、カルシウムイオンの流入に必要なNMDA型グルタミン酸受容体を、薬理学的に阻害することで詳細な解析を行った結果、マウスの睡眠時間が減少。カルシウムイオンの流入阻害によって、大脳皮質の神経細胞の興奮性が上昇することも判明したという。
以上のことから、カルシウムイオンの流入に伴う神経細胞の過分極が睡眠を誘導することが世界で初めて明らかとなった。同研究グループは、単一の遺伝子(Kcnn2, Kcnn3, Cacna1h, Cacna1g, Atp2b3, Camk2a, Camk2b)をノックアウトすることで、安定した表現型を示す睡眠障害モデルマウスを作製することにも成功しており、今後、これらの睡眠障害マウスをより深く研究していくことによって、精神疾患や神経変性疾患の原因解明や治療薬探索へつなげていきたいとしている。
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