■南海トラフ、首都直下に備え
日本集団災害医学会は、災害時に共通の知識と言語を理解し、混乱する被災現場で的確に対応できる指導的な薬剤師の養成に乗り出す。災害医療に必要な項目と共に、薬剤師に特化した薬事トリアージ、準備、供給・調剤の三つの原則を習得、実践できる「災害薬事研修コース」のインストラクターを育て、リーダー的人材として認定する。未曾有の被害を出した東日本大震災の経験から、災害薬事に精通した指導的な薬剤師が不可欠と判断。単なる認定ではなく、指導者の育成を最大の狙いとする。インストラクターを全国に配置するため、当面は100人程度の育成を目指す。
災害発生時には、医師・看護師等で構成される災害派遣医療チーム(DMAT)が初動対応に当たるが、災害に詳しい薬剤師がチーム内で活動することは極めて少ない。今週11日で発生から5年を迎える東日本大震災でも、支援指揮命令系統が混乱し、薬剤師の派遣、現地活動が十分だったとは言えない反省がある。また将来的には、南海トラフ地震、首都直下地震の発生が予測され、東日本大震災以上の甚大な被害発生も想定されている。
こうした状況を踏まえ、医師、看護師、救急救命士など、他の災害医療スタッフと共通の知識、理論、言語を理解し、救護所で連携しながら薬事対応ができる指導的な薬剤師が必要として、集団災害医学会が指導的な薬剤師をインストラクターとして育成、認定していくことにした。
既に同学会は、消防職員や警察職員、DMAT等の医療救護班など、災害発生時の初期対応者となり得る要員を対象に、教育研修として「多数傷病者への医療対応標準化トレーニングコース」(MCLS)を実施。大規模災害への体系的な対応に必要な項目として、指揮と統制・安全・情報伝達・評価(CSCA)、トリアージ・治療・搬送(TTT)といった原則の習得を目指している。
インストラクターを養成する認定薬剤師制度は、この研修をベースに、さらに災害時の薬事対応に必要な項目として、薬事トリアージ・準備・供給・調剤(PPP)を原則と位置づけ、これらの習得、実践を目指す。被災地で患者がOTC薬で対応できるのか、医師の診察が必要か判断したり、現地で必要な医薬品の準備や供給をはじめ、原則的な薬事対応が行える人材を育成する。
インストラクターの認定は、災害薬事研修の標準・指導者コースを受講した上で、改めてまとめ役として研修に2回以上参加。最終的に評価、推薦を受け、同学会委員会が承認して初めてインストラクターと認定される。さらに、実災害対応経験をしている要件を満たした薬剤師を認定する高いハードルが課された。
同学会認定薬剤師制度検討委員会の西澤健司委員長(東邦大学医療センター大森病院薬剤部長)は、「認定ありきではなく、インストラクターを増やすことにより、災害医療の共通言語を理解でき、被災現場で薬事に関してリーダー的に活躍できる薬剤師を育てたい」と狙いを話す。
既に同学会は、2年前から海外の災害支援経験やDMAT隊員等の実績のある薬剤師を対象に、試行コースでインストラクターの養成研修を行ってきている。これら試行コースを修了し、認定されたインストラクターが災害薬事研修コースの世話人を務める。
研修会の開催も質を管理するため、受講生4人に対し1人のインストラクターを配置すること、世話人のうち1人は医学的な判断ができる医師を置くことなど厳しく定められており、薬剤師だけで研修会を開くことはできない。今後、100人程度の養成を目標に研修会を開催していく。
西澤氏は「まずは災害時の研修コースがあることを知ってもらい、認定を取るためではなく、災害時の共通言語を習得するために参加してもらいたい」と呼びかけている。