発達過程のシナプス回路刈込み現象で、プルキンエ細胞に着目
北海道大学は2月9日、プルキンエ細胞に発現する代謝型グルタミン酸受容体 mGluR1が、樹状突起近位部からの平行線維シナプスを除去することで、異種入力線維のテリトリーが分離することを明らかにする研究結果を発表した。この研究は、同大学大学院医学研究科の渡辺雅彦教授の研究グループによるもの。研究成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に2月9日付けで公開された。
画像はリリースより
脳が果たしているさまざまな神経機能は、その情報処理に特化した特異なシナプス回路を基盤として生み出される。神経回路の構築は胎児期に遺伝的プログラムに従って土台が作られるが、この段階のシナプス回路は過剰で重複が多く、接続性も不正確で、未熟な状態にある。その後、生後発達過程で受容する刺激や経験は神経活動となって脳に伝わり、それに応じた強化と除去を基盤とするシナプス回路の刈込みという現象が起こる。これにより、生活環境に適応できる機能的なシナプス回路へと改築されていく。
研究グループは、これまでシナプス伝達の主役となるグルタミン酸情報伝達系によるシナプス回路の改築の分子機構の解明に取り組んできたが、その中でも精緻で円滑な運動機能や運動学習の中心的ニューロンである小脳プルキンエ細胞に着目。プルキンエ細胞のシナプス回路には、登上線維の単一支配、登上線維と平行線維それぞれの分節化したテリトリー支配、という2つの顕著な特徴があるが、後者については、どのように形成されるか、その過程や分子機構も含めてまったく不明だったという。
運動機能の向上、“誤った”平行線維シナプスの伝達効率抑圧で実現の可能性
そこで、研究グループは、テリトリーの形成過程を明らかにするために、生後 7 日から 30日までの野生型マウスのプルキンエ細胞(各発達段階で3個ずつ)を対象として、1個のプルキンエ細胞あたり千数百枚の連続電子顕微鏡切片を作製し、樹状突起の基部から先端までの登上線維シナプスと平行線維シナプスを1つずつ同定してシナプス回路を立体再構築した。さらに、テリトリー形成における代謝型グルタミン酸受容体mGluR1の機能的役割を追求するために、この遺伝子を欠損するmGluR1ノックアウトマウスを同様の方法で解析して形成障害の表現型を確認する実験や、ウイスルベクターを用いてmGluR1ノックアウトマウスにmGluR1を導入して、その表現型が解消することを確認するレスキュー実験も行った。
その結果、生後早期のマウスのプルキンエ細胞では樹状突起の全域にわたって平行線維シナプスが形成され、生後15~20日の間に樹状突起の近位部から除去されることで、近位部の登上線維テリトリーと遠位部の平行線維テリトリーに分離することが判明した。この平行線維シナプスの除去には、プルキンエ細胞に発現する代謝型グルタミン酸受容体4mGluR1が関与していることも分かったとしている。
今回の研究成果から、練習や訓練に伴う運動機能の向上(運動学習)は、登上線維の神経活動と同期して活動する“誤った”平行線維シナプスの伝達効率を抑圧すること(小脳シナプス抑圧として知られるシナプス可塑性現象)で実現すると考えられる。発達過程における異種入力線維による支配テリトリーの分離は、プルキンエ細胞における神経情報の処理や統合機能を最適化し、登上線維と平行線維の異種シナプス活動に基づくシナプス可塑性の誘発特性にも影響を与え、運動機能制御の基盤となる小脳神経回路の構造・機能の成熟に貢献すると期待されると研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース