■年間最大400億円の効果
単回使用バイアルを複数回使用する施策を導入し、使い切れずに残った抗癌剤の廃棄量を減らすことにより、年間最大で約400億円の医療費削減効果が得られることが、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授の試算で明らかになった。これまで1回分を使用した後に廃棄していたが、閉鎖式接続器具を使用して残った抗癌剤を安全に次の患者に使うことで、抗癌剤の廃棄量を減らすというもの。関節リウマチやC型慢性肝炎などの高価な注射剤に適用を広げると、年間で1000億円程度の削減につながると推定される。岩本氏は、抗癌剤の保険請求を使用量ベースに変更し、閉鎖式接続器具導入に診療報酬上のインセンティブを与えることなどの政策を採用するよう提言している。
残薬の問題が2016年度診療報酬改定の議論でも焦点となっているが、保険薬局や在宅医療の現場で内服薬を減らす取り組みがほとんどで、注射剤の残薬については注目されていなかった。
そこで岩本氏は、特に高価な抗癌剤が1回分投与された後、廃棄されている実態に着目。米国を中心に進められている単回使用バイアルの複数回使用を実現し、廃棄量を減らすことにより、薬剤費削減につなげるドラッグ・バイアル・オプティマイゼーション(DVO)の施策導入による医療費削減効果について分析した。
抗癌剤の保険請求は、使い切った残薬が廃棄されているにもかかわらず、1回のみ使用されるバイアル単位で行われているのが現状。その廃棄額は約500億円に上ると推計されている。岩本氏の研究によると、抗癌剤へのDVO導入により、医療費削減効果は年間最大で約410億円と推計されることが明らかになった。DVOの導入により、使い切れずに残った抗癌剤を安全な形で次の患者に使用し、廃棄量を減らすことで薬剤費を削減できるとしている。
DVO導入に当たっては、単回使用バイアルの薬剤を複数回使用することから、バイアル内の無菌性を維持し続ける高度な安全管理が求められるが、技術的にはバイアルから注射器に抗癌剤を移すとき、閉鎖式接続器具を活用することが考えられる。そのコストは年間最大で約91億円の財政負担が必要となるが、安全確保のための追加コストを差し引いても、約319億円の医療費削減効果が得られるという。
岩本氏は、「単年度では約400億円の医療費削減効果だが、DVOの継続と抗癌剤市場の成長を考えると、トータルで数兆円規模のインパクトがある」との見方を示す。さらに、DVOは抗癌剤以外の注射剤にも適用できるため、関節リウマチに用いる高価な生物製剤、C型慢性肝炎治療用の経口剤などもターゲットになる。高価な注射剤全体にDVOを導入した場合、年間最大で約1000億円の医療費削減効果が見込まれるとしている。
岩本氏は、今後、単回使用バイアルの複数回使用と閉鎖式接続器具の使用を義務化し、器具コストを全て公費負担すると仮定した場合のシナリオを示し、「厚生労働省が使用量分を保険請求するよう通知を出し、閉鎖式接続器具を使っている病院に診療報酬上のインセンティブをつけるべき」と提言する。
現行の診療報酬制度では、抗癌剤を注射する一部の患者に対して「無菌製剤処理料1」を算定できる。閉鎖式接続器具を使用した場合、揮発性の高い薬剤の場合150点を算定できるが、イホスファミド、シクロホスファミド、ベンダムスチン塩酸塩の3製剤に限定されている。
岩本氏は、「現行制度ではDVOを導入しても赤字になる。他の抗癌剤にも無菌製剤処理料1の対象を広げ、さらに閉鎖式接続器具を使用した場合に加算されるような診療報酬上のインセンティブが必要」と話している。
既に薬剤師や看護師など医療現場からは、抗癌剤曝露防止の観点から、廃棄量を減らすべきとの提言がなされており、DVO導入は医療費削減のみならず、抗癌剤曝露防止につながる効果も期待される。岩本氏は、「こうした観点からもDVOを導入すべき」と訴えている。