低酸素応答シグナルを標的とした抗がん剤リード化合物
京都大学は10月22日、同大大学院薬学研究科の掛谷秀昭教授、同博士後期課程の吉村彩学生らの研究グループが、低酸素誘導因子であるHIFの機能を抑制する化合物として、ストレプトミセス属放線菌が生産する天然物ベルコペプチンを見出し、その立体化学の解明と作用機序に関する有用な知見を得たと発表した。同研究成果は、米科学誌「Organic Letters」に10月20日付でオンライン掲載されている。
画像はリリースより
低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor; HIF)は、転写因子として低酸素環境下の細胞の恒常性維持に関わる遺伝子群の発現を調節する。HIF-1αとHIF-1βからなるHIFは、低酸素環境下のがん細胞の生存や悪性化に対して中心的な役割を果たしている。なかでもHIF-1αは酸素濃度依存的にタンパク質量が調節されているため、がん化学療法の分子標的として注目されている。
そこで今回、HIFを阻害する化合物の取得を目的に、天然資源ライブラリーをスクリーニング。その結果、ストレプトミセス属放線菌KUSC_A08株が生産するベルコペプチンを見出したという。
mTORC1経路を阻害し、HIF活性を抑制
研究グループは、低酸素応答(HRE)配列の下流に、ルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだレポータープラスミドを安定的に発現させたヒト繊維芽肉腫細胞5xHRE/HT1080を用いて、微生物代謝産物、生薬・漢方、海洋無脊椎動物、機能性食品などからなる天然資源ライブラリーを探索。その結果、ストレプトミセス属放線菌KUSC_A08株の培養液が、HIFの阻害活性を示したという。
そこで、その菌の培養抽出液から、各種カラムクロマトグラフィーを用いて活性物質を単離精製した結果、ベルコペプチンを取得。次に、Marfey法、改良Mosher法、PGME法や部分構造の不斉合成による標品との比較により、ベルコペプチンの立体化学を10R,15S,16S,23S,27S,28R,31S,33S,35Rと決定した。
続いて、ウェスタンブロットやqPCRにより、ベルコペプチンはmTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1)経路を阻害し、HIF活性を抑制することを明らかにしたという。
今後は、ベルコペプチンの部分構造を改変した誘導体を合成し、各誘導体のHIFに対する阻害活性を評価する予定。その結果からベルコペプチンの薬効発現に重要な部分構造(ファーマコホア)を同定し、ベルコペプチンの化学構造を起点にしたHIF阻害剤の開発を行い、抗がん剤リード化合物の開発を目指すという。特に、HIFの過剰発現が報告されている、乳がんやすい臓がんなどの固形腫瘍の治療薬開発のためのリード化合物として利用されることが期待されている。
▼関連リンク
・京都大学 研究成果