cell-free感染とcell-to-cell感染の相互作用を調査
九州大学は10月7日、エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルスI型(HIV-1)の感染様式を定量化することに成功したと発表した。この研究は、同大大学院理学研究院の岩見真吾准教授、京都大学ウイルス研究所の佐藤佳助教、小柳義夫教授、東京大学生産技術研究所の合原一幸教授らとの共同研究によるもの。研究成果は、オープンアクセスジャーナル「eLife」に10月6日付で掲載された。
画像はリリースより
HIV-1の感染には、細胞外に放出されたウイルス粒子が新たな標的細胞に感染する“cell-free感染”と、感染細胞が大量のウイルス粒子を標的細胞に接触して直接受け渡す“cell-to-cell感染”という2つの様式がある。しかし、これらがどのように相互作用し、協同的にウイルス感染を広げているかは明らかにされていなかった。
新しい抗HIV-1薬の開発や治療戦略に期待
研究グループは今回、培養細胞を用いたHIV-1感染実験解析と数理モデルを用いたデータ解析を融合させるアプローチを行った。実験は、HIV-1のcell-to-cell感染を阻害するために、シーソー型シェイカーを用いて細胞培養用フラスコを穏やかに振とうさせ、細胞同士の接触を妨げる「振とう培養系」において解析。すると、ウイルス感染様式からcell-to-cell感染を排除することができたという。
さらに、開発した数理モデルとコンピュータシミュレーションを駆使して、cell-to-cell感染とcell-free感染が混在する通常の培養系(静置培養)から取得した時系列データと、cell-free感染のみが存在する振とう培養系から取得した時系列データを解析し、それぞれの感染様式の寄与率を以下の数学的指標により世界で初めて定量した。
ひとつの感染細胞が、その生涯に感染させる2次感染細胞数を基本再生産数(R0)と呼ぶ。開発した数理モデルより再生方程式を導く事で、基本再生産数をcell-to-cell感染由来の2次感染細胞数(Rcc)とcell-free感染由来の2次感染細胞数(Rcf)に分解できる事を発見。これらの指標の観点から、cell-to-cell感染は感染全体の約60%(i.e., 100×Rcc/(Rcf+Rcc))を担っている事が明らかとなった。また、数理モデルよりマルサス係数を計算する事で、cell-to-cell感染はウイルスの適応度(ウイルス感染の速度)を3.9倍も増加させている事も判明したという。
今回の研究成果を、先行研究で報告された「cell-to-cell感染は抗HIV-1薬に抵抗性がある」という事実と照らし合わせると、この感染モードがcART療法下における持続的なウイルス感染の原因になっている可能性が高いことがわかった。よってHIV-1感染を完治・治癒するためには、cell-to-cell感染を標的にした新しい抗HIV-1薬の開発や治療戦略が効果的であると考えられ、今後、HIV-1の感染予防や治癒のための全く新しい作用メカニズムをもつ抗ウイルス薬の開発の指標になるとしている。
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・九州大学 プレスリリース