メスとの交尾・同居を経て目覚める「父性」
理化学研究所は9月30日、オスマウスの子育て(養育行動)意欲が、「cMPOA」と「BSTrh」の2つの脳部位の活性化状態から推定できることを発見し、発表した。この研究は、同研究所脳科学総合センター親和性社会行動研究チームの黒田公美チームリーダー、恒岡洋右研究員(研究当時)、時田賢一研究員らの研究チームによるもの。本研究成果は、国際科学誌「The EMBO Journal」に9月30日付けで掲載されている。
画像はリリースより
ほ乳類の子は未発達な状態で生まれ、栄養源を母乳に頼るため、親による養育が不可欠とされる。メスマウスは若い時から子の世話をすることが多く、さらに母親になる時には出産時の生理的変化により養育行動が強化されるという。一方、交尾未経験のオスマウスは養育せず、子に対して攻撃的だが、メスとの交尾・同居を経て父親となると、よく養育するようになる。これを父性の目覚めというという。
オスマウスの子育て意欲は2つの脳部位の活性化状態に表れる
同研究グループは2013年に、フェロモンを検出する鋤鼻器(じょびき)の阻害がオスマウスの子への攻撃を抑え、養育を促すことを見いだしている。しかし、「父性の目覚め」現象は鋤鼻器が退化している類人猿でも見られることから、さまざまな感覚入力を受けとり子への攻撃や養育行動を制御する、類人猿にも共通する脳領域のメカニズムが重要であると考えられていた。
今回、同研究グループは、オスマウスの子に対する攻撃と養育に必要な中枢の脳領域の同定を試みた。そして、交尾未経験オスの子への攻撃行動には前脳にある分界条床核BSTの一部である「BSTrh」が重要であり、また父親マウスの養育行動には、内側視索前野中央部「cMPOA」が必要であることを突き止めたという。cMPOAはBSTrhの働きを抑えること、cMPOAを光遺伝学的手法により活性化すると交尾未経験オスマウスの子への攻撃が減弱すること、メスとの交尾経験後はcMPOAが活性化したことから、父親になる時にはBSTrhに対しcMPOAの活動が優位になることで、子への攻撃をやめ養育する「父性の目覚め」が起こる可能性が示唆されたという。さらに、あるオスマウスが子を攻撃するか、養育するかは、cMPOAとBSTrhの2つの脳部位の活性化状態を測定するだけで、95%以上の高精度で推定できることが判明した。
この研究から、子に対する攻撃と養育という正反対の行動のそれぞれに必要な中枢の脳部位を詳細に同定し、その活性化状態からマウスの行動意欲が読み取れることがはじめて示唆された。このような脳部位の働きを霊長類において調べることは、人間の父子関係の理解とその問題解決に役立つ知識を得ることにつながると考えられる。
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・理化学研究所 報道発表資料