iPS細胞を創薬に活用していくにあたって、健常人iPS細胞由来細胞を用いて、副作用を予測する安全性評価を行うメリットは大きい。動物を主体とした非臨床試験では、動物とヒトの種差が課題となるが、ヒトiPS由来細胞を用いることで、ヒトでの副作用を早期に予見できる可能性がある。また、細胞が検体となるため少量の化合物投与で済み、開発初期段階に毒性評価を行える。
安全性評価では、各社が協力して評価技術を開発し、医薬品開発への応用可能性を検証していくのが望ましいとの方向性から、2013年7月に企業横断的なコンソーシアムとしてCSAHiが発足した。日本製薬工業協会の28社と安研協会員社8社の計36社が参加し、国立医薬品食品衛生研究所薬理部や京都大学iPS細胞研究所など4機関がアドバイザリー委員会として参画。測定機器などを開発する異業種も協賛している。
「心筋」「肝臓」「神経」「細胞形状解析」の四つの研究チームで構成。中でも最も先行しているのが心筋チームであり、心リスク評価系としては「QT延長を介した催不整脈」に多くの企業が参加した。
薬剤に起因し、QT間隔延長によって引き起こされる重篤な心室性不整脈を避けるかが大きな課題となっている。非臨床段階では、日米欧医薬品規制調和会議(ICH)による「ICH-S7Bガイドライン」に基づき、臨床試験前に動物細胞に急速活性型遅延整流カリウム(hERG)チャネルを強制発現させて、薬剤の影響を調べる「hERG試験」と、サルやイヌなど大動物を用いたテレメトリー法によって心電図を記録するQT延長の評価を行うのが原則。ただ、二つの試験を実施した場合でも、臨床でのQT延長は予測できても、催不整脈まで予測するのは難しかった。
心筋チームでは、セルラー・ダイナミックス・インターナショナル社が市販するヒトiPS細胞「icell」を用いて、薬剤の応答性を評価した。その結果、臨床でのQT延長については、iPS細胞由来心筋細胞を用いた評価系を組み合わせることで、現状の8割から9割5分までに予測精度を向上。
さらに、QT延長を介した催不整脈リスクについても、「7~8割程度ぐらいは予測できるようになっている」という。
しかし、課題は山積している。QT延長を介した催不整脈による薬剤開発中止事例は、心毒性原因の約3割に過ぎず、それ以外の約7割に対しては手立てがない状況。QT延長に伴う催不整脈に関する臨床試験の「ICH-E14ガイドライン」の廃止や、「ICH-S7Bガイドライン」の改訂を提唱する米国の研究団体「CiPA」は、QT延長を伴う催不整脈の心毒性評価に焦点を当てており、国際的な動向より進んだ取り組みを展開している。
肝毒性や神経毒性についても同様で、iPS細胞由来分化細胞を用いた安全性評価を開発し、確立するまでにはまだまだ時間がかかる見通し。
来年3月で、CSAHiの活動は一つの区切りをつけることになるが、コンソーシアムリーダーの宮本憲優氏(エーザイ)は、「各社で情報交換ができて有益だったと思う。どういう形になるかは分からないが、情報を交換していく場を残すのが望ましい」と今後の活動について検討していく方針だ。