九州大学大学院薬学研究院の新研究棟が今年2月に竣工し、今月中旬から本格的な稼働を開始した。新研究棟の名称は、システム創薬リサーチセンター「グリーンファルマ研究所」。既承認薬に新たな薬効を見出したり、その研究で発見した標的に作用する医薬品候補物質を、人と地球環境に優しい化学合成技術を使って創製したりするなど、同院が取り組んできた特徴的なアカデミア創薬を推進する施設として活用する。その推進に向けて企業や他大学などとの共同研究も活性化させる計画で、新研究棟内には複数の専用エリアを配置した。
新研究棟は地上5階建て、延べ床面積は約2000m2。福岡市内の九州大学病院キャンパスの一角にある薬学部校舎に隣接して建設された。九大薬学研究院の様々な研究者や、共同研究先の企業、他大学の研究者らが共同で利用する。
1階は、東京大学が保有する20万化合物ライブラリーなどを活用して、医薬品候補物質のスクリーニングを行う施設。2階は動物実験用の施設だ。3階は創薬インフォマティクスのエリア、4階は会議室や実験室、5階は化学合成のエリアになっている。このほか様々な共同研究を実施するための複数の専用エリアが、3~5階の各所に配置された。
九大薬学研究院は約10年前から、部局や分野の垣根を越えて横断的に創薬を進める「システム創薬リサーチ構想」を展開してきた。その具体的な取り組みとして、既承認薬に新たな薬効を見出す「エコファーマ」研究や、人と地球環境に優しい化学合成技術「グリーンケミストリー」を活用した創薬研究を推進。両者を融合した概念として「グリーンファルマ」を提唱し、研究に取り組んできた。
九大薬学研究院長・薬学府長・薬学部長の大戸茂弘氏は「新研究棟の設置目的は極めて明確。グリーンファルマを推進するための建物になる。その推進に向けて、共同研究も活性化させる。他大学とはアプローチが異なる、九州大学の特徴や強みを前面に出したアカデミア創薬を進める」と語る。
学内に分散していたグリーンファルマ研究の機能や機器を新研究棟に集約し、さらに共同研究のエリアを設けたことによって、研究の推進に弾みをつけたい考えだ。
具体的なテーマの一つが、九大理事・副学長で九大薬学研究院附属産学官連携創薬育薬センター長の井上和秀氏が中心になって取り組んできた、痛みの研究だ。
井上氏らは、既存の抗うつ薬の中に神経障害性疼痛に効果を示すものがあることを見出した。その構造式を出発点とし、グリーンケミストリーによってプロドラッグや新規化合物を創製したり、解明した作用機序をもとに標的に作用する医薬品候補物質を20万化合物ライブラリーの中からスクリーニングしたりするなど、様々な研究を展開している。共同研究としては、日本ケミファと連携して「P2X4受容体を標的とする神経障害性疼痛治療薬」の開発を推進。年内には第I相臨床試験の準備が始まる見通し。
痛みの研究だけでなく九大薬学研究院全体として、がん、脳心血管疾患、感染症の三大死因疾患を対象にグリーンファルマを進めている。特許取得に至った事例や、企業との共同研究を展開している事例など、「様々な研究テーマが同時並行で動いている」(大戸氏)という。